【ことわざ】
空き家の雪隠でこえなし
【読み方】
あきやのせっちんでこえなし
【意味】
呼びかけても返事がなく、また、人々が静まり返ってだれも口をきかないことのたとえ。


「空き家の雪隠でこえなし」の語源・由来
「空き家」は、人の住んでいない家を指します。「雪隠(せっちん)」は便所を意味する古い言い方で、短い形としては「空家の雪隠」があり、「空屋の雪隠」「明家の雪隠」という表記も用いられてきました。
このことわざのかなめは、「こえ」という同じ音に二つの意味を重ねるところにあります。「声」は呼びかけに答える声を表し、「肥(こえ)」は、こやし、特に肥料として用いる糞尿を指します。
かつては、人の糞尿を肥料として利用することが、農作業や暮らしと深く結びついていました。『二息』(1693年・江戸時代前期)には、「下肥(しもごえ)とる」という言い方が出てきます。
また、『炭俵』(1694年・江戸時代前期)には、「糞船(こえぶね)」の用例があります。「肥船(こえぶね)」は、肥料にする糞尿を運ぶ船を指す言葉で、便所にたまった肥が利用されていた暮らしを伝えています。
人が暮らしている家の雪隠には、使う人がいるため「肥」がたまります。ところが、人の住んでいない空き家の雪隠には、使う人がいないので「肥がない」となります。
一方、空き家を訪ねて呼びかけても、答える人はいないため「声がない」となります。こうして、「肥がない」と「声がない」を同じ「こえ」の音に掛け、返事のない静けさを少しおかしく表したのが、このことわざです。
この言い回しに近い古い形は、江戸時代中・後期の上方で作られた、玉楽堂版『すいことば花月遊』に出てきます。その札には「あきやのせつちんこゑがない」と書かれ、内容は「空家の雪隠肥(声)がない」と読める形です。
『すいことば花月遊』は、上の句を読んで下の句の札を取る、歌かるたに似た遊びとして案内され、「笑ひ草」として楽しむよう記されています。つまり、この表現は、日常の「返事がない」という場面を、当時の人々に身近だった暮らしの言葉でしゃれたものとして受け取られていたといえます。
かるたの句は「こゑがない」という形で、現在の「空き家の雪隠でこえなし」とは助詞や語尾が少し異なります。しかし、空き家の雪隠には「肥」がなく、空き家を呼んでも「声」がないという、言葉遊びの仕組みは共通しています。
同じく空き家に呼びかける場面を用いた「空家で声嗄(か)らす」は、骨を折っても人に認められず、無駄骨に終わることを表します。これに対して、「空き家の雪隠でこえなし」は、まず返事や応答がないこと、または人々が黙り込んでいることを表す言い方です。
このように、「空き家の雪隠でこえなし」は、便所にたまる「肥」と、呼びかけに返る「声」とを重ねた、江戸の暮らしと言葉遊びに根ざすことわざです。返事のない静けさを、少しの可笑しみを添えて言い表すところに、このことわざの持ち味があります。
「空き家の雪隠でこえなし」の使い方




「空き家の雪隠でこえなし」の例文
- 回覧板を届けに隣家の戸をたたいたが、空き家の雪隠でこえなしのまま、返事はなかった。
- 先生が忘れ物の持ち主を尋ねても、教室は空き家の雪隠でこえなしで、だれも名乗り出なかった。
- 親戚の家を訪ねて名を呼び続けたものの、空き家の雪隠でこえなしだったため、日を改めた。
- 自治会の集まりで意見を求められると、会場は空き家の雪隠でこえなしとなり、話し合いが止まった。
- 電話を何度かけても管理人の事務所は空き家の雪隠でこえなしで、受付時間だけが過ぎていった。
- 質問を受けた担当者たちは空き家の雪隠でこえなしのように黙り込み、住民への説明を始められなかった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・玉楽堂『すいことば花月遊』江戸時代中・後期。























