【ことわざ】
飛鳥川の淵瀬
【読み方】
あすかがわのふちせ
【意味】
人の心や身の上、世の中のありさまが変わりやすく、定まりにくいことのたとえ。


【英語】
・The only constant is change(変わらないものは変化だけ)
【類義語】
・昨日の淵は今日の瀬(きのうのふちはきょうのせ)
・滄海変じて桑田となる(そうかいへんじてそうでんとなる)
・諸行無常(しょぎょうむじょう)
【対義語】
・万古不易(ばんこふえき)
・万世不易(ばんせいふえき)
「飛鳥川の淵瀬」の語源・由来
「淵瀬」は、もとは川の深くよどんだ所である淵と、浅く流れの速い所である瀬を合わせた言葉です。水の深い所と浅い所が、川の流れによって入れ替わるという具体的な姿から、世の中や人の身の上が定まらないことを表すたとえへ広がりました。
このことわざの中心には、『古今和歌集(こきんわかしゅう)』巻十八「雑下」に収められた、よみ人しらずの歌があります。『古今和歌集』は、醍醐天皇の勅命を受け、紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑の四人が撰者となって編まれた、日本最初の勅撰和歌集です。
その歌は、原文では「世中はなにかつねなるあすかかはきのふのふちそけふはせになる」と出てきます。これは、「この世にいつも変わらぬものがあるだろうか。飛鳥川では、昨日は深い淵だった所が、今日は浅い瀬になる」という意味です。
ここでの飛鳥川は、奈良県を流れる川です。歌の中では、川の深い所と浅い所が一日のうちにも変わるように、世の中も人の身の上も同じ姿のままではいない、という無常の思いを表しています。
「飛鳥川の淵瀬」という形そのものは、『徒然草(つれづれぐさ)』第二十五段の冒頭でよく知られます。『徒然草』は、鎌倉時代の随筆で、吉田兼好の著作として伝わり、元徳二年から元弘元年ごろに成立したと考えられています。
第二十五段には、「飛鳥川の淵瀬常ならぬ世にしあれば」とあります。兼好はこの言葉から書き起こし、時が移り、華やかだった場所が人の住まない野となり、住む家が同じでもそこにいる人が変わっていく様子を述べています。
この段では、藤原道長ゆかりの京極殿や法成寺の跡も取り上げられます。かつて権勢を示した建物や場所でさえ、時がたてば焼け、倒れ、名残だけになるという流れの中で、「飛鳥川の淵瀬」は世の移り変わりを語る導入の言葉として働いています。
のちには、「飛鳥川の人心」という異形も現れました。これは、飛鳥川の淵瀬が定まらないように、人の心も変わりやすいという意味をもつ言い方です。
明治時代には、樋口一葉の『別れ霜』(1892年)にも「淵瀬ことなる飛鳥川」という形の用例が出てきます。ここでは、裕福な家に育った人物の身の上が変わっていく文脈で用いられ、古い和歌の表現が近代の文章にも受け継がれていることが分かります。
このように、「飛鳥川の淵瀬」は、川の深浅の変化という具体的な景色から、『古今和歌集』の和歌を通して世の無常を表す言葉となり、『徒然草』などを経て、人の心や身の上、世の盛衰をいうことわざとして定着しました。
「飛鳥川の淵瀬」の使い方




「飛鳥川の淵瀬」の例文
- 駅前の商店街は十年で店の顔ぶれが大きく変わり、飛鳥川の淵瀬を思わせる。
- かつて弱小だったチームが全国大会に出場し、飛鳥川の淵瀬という言葉が胸に浮かんだ。
- 祖父は、にぎわっていた工場跡が公園になった景色を見て、飛鳥川の淵瀬を感じた。
- 人気を集めていた商品が急に売れなくなることもあり、商売の世界は飛鳥川の淵瀬である。
- 人の心は変わりやすく、昨日まで親しかった二人が離れてしまう様子にも飛鳥川の淵瀬がある。
- 家の暮らし向きが一代で大きく変わった話は、飛鳥川の淵瀬の例として語られた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑撰『古今和歌集』913〜914年頃完成。
・吉田兼好『徒然草』1330年頃。
・樋口一葉『別れ霜』1892年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster.























