【故事成語】
足を万里の流れに濯う
【読み方】
あしをばんりのながれにあらう
【意味】
俗事にとらわれず、世俗から心を離れて超然としていること。大きな流れで世俗の汚れを洗い落とすように、ゆったりと俗世を越えた境地にいるさま。


【英語】
・detachment from worldly affairs(世俗の事柄から心を離している)
【類義語】
・超然物外(ちょうぜんぶつがい)
・無欲恬淡(むよくてんたん)
【対義語】
・濁に染む(にごりにしむ)
・利に走る(りにはしる)
「足を万里の流れに濯う」の故事
この故事成語は、中国・西晋(せいしん)の詩人、左思(さし)の「詠史詩(えいしし)」に出てくる句にもとづく言葉です。左思は三世紀ごろの文人で、歴史上の人物や出来事を題材にしながら、自分の考えや時代への思いをこめた詩を残しました。
「詠史詩」は、歴史をただ説明する詩ではなく、昔の人物や出来事を借りて、作者自身の志や世の中への見方を表す詩です。左思の八首の「詠史詩」は、身分や門地が重んじられた社会への不満を背景にしている代表的な作品として知られています。
この句が出てくる詩では、都のきらびやかな世界や高い身分の人々に寄り添う生き方ではなく、粗末な衣をまとって都の門を出て、許由(きょゆう)の高い歩みに従う姿が描かれます。許由は、中国古代の伝説上の人物で、堯(ぎょう)から天下を譲ると言われても受けず、名誉や地位を避けて山に隠れた人として語られています。
その流れの中で、原詩には「振衣千仞崗,濯足萬里流」とあります。これは、千仞もの高い岡で衣を振り、万里に及ぶような大きな流れで足を洗う、という意味の句です。
ここでいう「衣を振る」「足を洗う」は、単に服のほこりを払ったり、足の汚れを落としたりするだけの動作ではありません。都の名誉や利益に近づかず、広大な自然の中で世俗の汚れを洗い落とすような、清らかで自由な心のあり方を表しています。
また、この詩の注には、王粲(おうさん)の言葉として、身を滄浪(そうろう)の水にすすぎ、衣を高い山で振るという趣旨の表現も引かれています。水で身を清め、高い所で衣を振るという似た発想が、俗世から離れて心を清く保つ表現として重ねられていたことが分かります。
日本語の「足を万里の流れに濯う」は、この漢詩の句を日本語として読める形にした表現です。もとの漢文では「濯足萬里流」と置かれていますが、日本語では「足を万里の流れに濯う」となり、広い川に足を洗う姿を通して、俗事にとらわれないこと、世俗に超然としていることを表す故事成語として用いられるようになりました。
したがって、この故事成語の中心にあるのは、ただ世の中から逃げるという意味ではありません。名誉や利益の騒がしさに心を奪われず、自分の志を清く保つという、静かで大きな心のあり方なのです。
「足を万里の流れに濯う」の使い方




「足を万里の流れに濯う」の例文
- 庭の梅を眺めて名利を忘れる祖父の姿は、まさに足を万里の流れに濯う趣がある。
- 都会の競争から距離を置き、山村で本を読む生活は、足を万里の流れに濯う心境を思わせる。
- 仕事の肩書にこだわらず研究を続ける彼には、足を万里の流れに濯うような静けさがある。
- 賞の結果に一喜一憂せず、海辺で作品づくりに戻る態度に、足を万里の流れに濯う境地が表れている。
- 世間の評判を離れて茶を味わう時間は、足を万里の流れに濯うひとときだった。
- 利益ばかり追う仲間から離れ、彼女は足を万里の流れに濯う思いで森の保全活動に打ち込んだ。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・小学館・北京商務印書館編『中日辞典 第3版』小学館、2016年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・左思『詠史詩』西晋。
・蕭統編『文選』6世紀前半。
・HarperCollins Publishers, Collins English Dictionary — Complete & Unabridged, 2012 Digital Edition.























