【ことわざ】
明日はまだ手つかず
【読み方】
あすはまだてつかず
【意味】
明日という日はまだ使われずに残っているのだから、今あわてすぎる必要はないということ。残り時間が少なく感じられるときに、まだ使える時間を見て落ち着いて進めよと励ます言葉。


【英語】
・Tomorrow is another day.(きょう思うように進まなくても、明日にはまた機会がある)
【類義語】
・明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく)
・明日は明日、今日は今日(あすはあす、きょうはきょう)
【対義語】
・明日ありと思う心の仇桜(あすありとおもうこころのあだざくら)
「明日はまだ手つかず」の語源・由来
「明日はまだ手つかず」は、中国の古い人物や出来事にもとづく故事成語ではなく、「明日」という時間を、まだ使っていないものにたとえたことわざです。意味の中心は、明日という一日がまだ残っているのだから、今日だけを見てあわてすぎなくてよい、という励ましにあります。
「明日」は、現在を基点にした次の日を表す言葉です。古くは『古事記(こじき)』(712年・奈良時代)の歌謡に「阿須」の形があり、『竹取物語(たけとりものがたり)』(9世紀末〜10世紀初ごろ成立)にも、今日か明日か分からないほど老いた状態をいう文脈で「あす」が出てきます。このように「あす」は、古くから「今の次に来る日」を表してきた言葉です。
一方、「手つかず」は、まだ手をつけていないで、そのまま残っていることを表します。江戸時代後期の滑稽本『浮世風呂(うきよぶろ)』(1809〜1813年刊、式亭三馬作)には、手を使わず、よけいな労力を用いないという意味で「手つかず」の用例が出てきます。
その後、幕末の歌舞伎『蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)』(1856年初演、河竹黙阿弥作)には「手附かず」の形があり、さらに二葉亭四迷の小説『其面影(そのおもかげ)』(明治39年発表)には「誂への麦酒が、未だ手着かずに其儘に成ってゐる」という表現が出てきます。ここでは、注文したビールがまだ使われず、そのまま残っているという意味で用いられています。
このことわざでは、物や仕事に使う「手つかず」という言い方を、「明日」という時間に移しています。ふつう、手つかずの品物や課題は、まだ使われていない、まだ始められていない状態を指します。その考え方を時間に当てはめると、明日はまだ手をつけていない一日、つまり丸ごと残っている時間としてとらえられます。
近い発想のことわざに、「明日は明日の風が吹く」「明日は明日、今日は今日」があります。これらは、先のことを心配しすぎず、目の前のことを大切にするという方向で、「明日はまだ手つかず」と重なります。ただし、「明日はまだ手つかず」は、単に成り行きに任せるというより、明日という未使用の時間を見込みに入れて、落ち着いて進めるという実際的な励ましの色合いが強い言葉です。
反対の考え方には、「明日ありと思う心の仇桜」があります。これは、明日があると思っていると機会を失うことがある、という無常の教えを含むことわざです。「明日はまだ手つかず」は、明日を頼りにしすぎて怠ける言葉ではありません。今日できることを整えつつ、まだ残っている明日の時間も冷静に見て、あわてずに物事を進めるための表現です。
「明日はまだ手つかず」の使い方




「明日はまだ手つかず」の例文
- 今日中に企画書の全部を仕上げようとして焦ったが、明日はまだ手つかずだから、必要な資料から順に整えた。
- 引っ越しの荷造りが思ったより進まなくても、明日はまだ手つかずなので、部屋ごとに作業を分けて進めた。
- 大会の準備で失敗が続いたが、明日はまだ手つかずと考え、残りの練習時間を大切に使った。
- 原稿の修正が夜まで残ったものの、明日はまだ手つかずだから、見直しの時間を明朝に回した。
- 家族旅行の予定を詰め込みすぎず、明日はまだ手つかずという気持ちで、今日は移動と休憩を優先した。
- 面接の練習が十分でないと感じたが、明日はまだ手つかずなので、質問ごとに答えを整理してから休んだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・野末陳平監修『格調と迫力 名句・ことわざ366日 ビシッと決めることばの使い方』講談社、2001年。
・式亭三馬『浮世風呂』1809〜1813年。
・河竹黙阿弥『蔦紅葉宇都谷峠』1856年。
・二葉亭四迷『其面影』1906年。























