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【朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る】の意味と使い方や例文!語源由来は?(類義語・対義語・英語)

朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る

【ことわざ】
朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る

【読み方】
あしたにこうがんありてゆうべにははっこつとなる

【意味】
朝には若々しく血色のよい顔でいた人も、夕べには白骨となってしまうほど、人の生死は予測できず、世の中は無常であるということ。

ことわざ博士
紅顔は若々しく血色のよい顔を、白骨は死後に残る骨を表し、命のはかなさを強く示しているんだよ。
助手ねこ
朝元気に見えた人でも、その日のうちに命を終えるかもしれないという、生死の予測できなさを述べる場面で用いるニャン。

【英語】
・All flesh is grass(人の命は草のようにはかない)

【類義語】
・諸行無常(しょぎょうむじょう)
・生者必滅(しょうじゃひつめつ)
・人生朝露の如し(じんせいちょうろのごとし)
・無常迅速(むじょうじんそく)

【対義語】
・不老不死(ふろうふし)
・常住不滅(じょうじゅうふめつ)

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「朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る」の語源・由来

ことわざを深掘り

「朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る」は、人の命がどれほど不確かで、いつまでも続くとは限らないものかを、朝と夕べという短い時間の対比で表したことわざです。「紅顔」は、血色のよい若々しい顔を指し、「白骨」は死後に残る骨を指します。若さと死を強く対照させることで、命の無常を一息に示す言い方になっています。

このことわざのもとには、『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』(1013年ごろ成立、平安時代中期、藤原公任撰)に収められた藤原義孝(ふじわらのよしたか)の詩句があります。『和漢朗詠集』は、朗詠にふさわしい漢詩文の秀句と和歌を集めた二巻の詩歌集で、後の文学や表現にも大きな影響を与えました。

もとの句は「朝に紅顔あって世路に誇れども、暮に白骨となって郊原に朽ちぬ」という形で伝わっています。「世路」は世の中を生きていく道、「郊原」は人里から離れた野原を意味します。つまり、朝には若々しい顔で世の中を得意げに歩いていても、夕方には白骨となって野に朽ちてしまう、という意味です。

この句を作った藤原義孝は、954年から974年まで生きた平安時代中期の官人・歌人です。右近衛少将(うこんえのしょうしょう)を務め、中古三十六歌仙の一人にも数えられますが、21歳の若さで亡くなりました。

藤原義孝については、兄の藤原挙賢(ふじわらのたかかた)が朝に亡くなり、義孝自身もその夕方に亡くなったと伝えられています。若くして死を迎えた人物の作として、この詩句は、単なる観念ではなく、若さと死の近さを強く感じさせる言葉として受け止められてきました。

『和漢朗詠集』では、この句は「無常」に関わる表現として伝えられています。若く血色のよい「紅顔」と、命が尽きたあとの「白骨」を並べることで、人は自分の若さや力を誇っていても、死から逃れることはできないという見方を示しています。

その後、この一節は、形を少し変えながら広く知られるようになりました。現在のことわざでは、「世路に誇れども」「郊原に朽ちぬ」の部分が省かれ、「朝に紅顔ありて夕べに白骨となる」または「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる」という形で、意味の中心だけが短く残っています。

この短い形になると、世の中で得意げにふるまう人の姿よりも、「朝には元気だった人が、夕方には亡くなっているかもしれない」という命のはかなさが前面に出ます。ことわざとしての用法も、若者に限らず、人間の生死がはかり知れないことを広くいう表現へ移っていきました。

室町時代には、本願寺第八世の蓮如(れんにょ)による手紙風の法語にも、よく似た表現が出てきます。いわゆる「白骨の御文(はっこつのおふみ)」では、朝には紅顔を誇る人も夕べには白骨となると述べ、人間の無常を説き、念仏を勧めています。

蓮如の「御文(おふみ)」または「御文章(ごぶんしょう)」は、門徒に向けて教えを平易に伝えた書簡文を集めたものです。「白骨の御文」は、その中でも人の命のはかなさを強く説く文章として知られ、葬儀や法要の場でも読まれてきました。

このように、このことわざは、藤原義孝の漢詩句をもとにしながら、仏教的な無常観とも結びついて広まりました。最初は、若く華やかな人もすぐに白骨となって野に朽ちるという強い対比でしたが、後には、人の命は年齢や元気さにかかわらず定まらない、という一般的な戒めとして使われるようになりました。

現在このことわざを使うときは、人の死をおどろおどろしく語るためではなく、限りある命を忘れず、今日という時間を大切にするための言葉として受け取るのが自然です。若さや健康を過信せず、人との関係や日々の行いをおろそかにしないよう促す、静かな重みをもつことわざです。

「朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る」の使い方

健太
昨日の朝まで、近所のおじいさんが校門の前で笑ってあいさつしてくれたのに、夜に急に亡くなったって聞いたよ。
ともこ
どうして昨日はあんなに元気だったのに? 本当に、朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るという言葉が胸に響くね。
健太
命はいつまでも続くものだと、ぼくは勝手に思っていたよ。昨日の帰りに、いつものお礼を言えばよかった。
ともこ
明日の朝、みんなで花を供えに行こう。今そばにいる人にも、やさしい言葉を惜しまないようにしたいね。
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「朝に紅顔有りて夕べには白骨と為る」の例文

例文
  • 祖父の葬儀で住職の話を聞き、朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るという言葉の重さを知った。
  • 元気だった近所の人が突然亡くなり、朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るとはまさにこのことだと感じた。
  • 災害の報道を見て、朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るという無常を胸に刻んだ。
  • 病院で祖母の病状が急に悪くなり、父は朝に紅顔有りて夕べには白骨と為ると静かに口にした。
  • 命に限りがあることを忘れないため、先生は朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るを例に挙げた。
  • 友人とのけんかを先延ばしにせず仲直りしたのは、朝に紅顔有りて夕べには白骨と為るという思いがあったからだ。

主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・上田正昭ほか監修『講談社 日本人名大辞典』講談社、2001年。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1013年ごろ成立。
・蓮如『御文章』室町時代。





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