【ことわざ】
彼方を祝えば此方の怨み
【読み方】
あなたをいわえばこなたのうらみ
【意味】
一方にとって喜ばしいことが、他方にとっては不満や不利益になること。双方を同時によい結果にするのは難しい、というたとえ。


【類義語】
・彼方立てれば此方が立たぬ(あちらたてればこちらがたたぬ)
・痛し痒し(いたしかゆし)
【対義語】
・一挙両得(いっきょりょうとく)
・一石二鳥(いっせきにちょう)
「彼方を祝えば此方の怨み」の語源・由来
「彼方を祝えば此方の怨み」は、中国古典の一つの故事から生まれた言葉ではなく、「あちら」と「こちら」という向かい合う立場をもとにした、日本語のことわざとして受け取るのが自然です。ここでの「彼方」は、現代語の「あなた」ではなく、「向こうのほう」「あちら」を表す古い言い方です。「此方」は「こちら」「こちら側」を表し、両方を並べることで、二つの側の利害が向き合っている様子を示します。
「彼方」は、古くは話し手と聞き手の双方から離れた場所・方向・時・人を指す遠称の言葉として使われました。『古今和歌集』(905〜914年成立、平安時代前期)には、雲の向こうを指す「雲のあなた」という用例があり、また謡曲『卒都婆小町』(1384年ごろ・室町時代初期)には「あなたの玉章、こなたの文」と、向こう側とこちら側を対にした言い方が出てきます。
「此方」は、話し手に近い側を表す言葉です。平安時代以降、「そなた」「かなた(あなた)」に対し、空間的・時間的・心理的に話し手に近いものを指す近称の指示代名詞として用いられるようになりました。つまり、「あなた」と「こなた」は、もともと人を呼ぶだけの言葉ではなく、向こう側とこちら側、相手側と自分側を分ける言葉として働いていました。
このことわざの中心にある「祝えば」は、めでたい物事を喜ぶ、または幸運を祈るという意味の「祝う」です。一方で「怨み」は、相手の仕打ちを不満に思い、憤りや憎しみを持つ気持ちを表します。したがって、「彼方を祝えば此方の怨み」は、向こう側の幸福を祝うような出来事が、こちら側には不満や恨めしさを生む、という対照を短く言い表しているのです。
同じ考え方は、「彼方立てれば此方が立たぬ」ということわざにも表れています。これは、一方によいようにすれば他方には悪く、両立しがたいことをいうことわざで、「あなた立てればこなた立たぬ」という形もあります。こちらは「立てる」、つまり相手の顔や立場を保つという方向から、二つの側を同時に満足させる難しさを表しています。
「彼方を祝えば此方の怨み」は、「立てる」よりもさらに感情の動きを強く出した言い方です。向こう側が喜ぶ場面で、こちら側はただ損をするだけでなく、不公平だ、納得できない、という気持ちを抱きます。そのため、このことわざは、勝ち負けのある勝負、限られたものの配分、どちらか一方を選ばなければならない判断などに用いやすい表現です。
現在の意味も、この古い対立の形から自然につながっています。「彼方」と「此方」は、単に場所の違いではなく、利害や気持ちの違いをも表します。向こうを喜ばせることが、こちらの不満につながるという構図を通して、このことわざは、世の中には全員を同じように満足させにくい場面がある、という経験則を伝えているのです。
「彼方を祝えば此方の怨み」の使い方




「彼方を祝えば此方の怨み」の例文
- クラスの遠足先を山に決めると海へ行きたかった人が不満を言い、彼方を祝えば此方の怨みとなった。
- 兄だけに新しい自転車を買えば妹が悲しむので、彼方を祝えば此方の怨みにならないよう家族で話し合った。
- 会社の予算を一つの部署に多く回したため、彼方を祝えば此方の怨みという形で別の部署から反発が出た。
- 大会の代表を一人だけ選ぶ場面では、彼方を祝えば此方の怨みになりやすい。
- 商店街の駐車場を広げる計画は、車で来る客には便利だが歩行者には危なく、彼方を祝えば此方の怨みの問題を含んでいる。
- 座席を前の列に変えてもらった子は喜んだが、後ろになった子は残念がり、彼方を祝えば此方の怨みだと感じた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。























