【故事成語】
王侯将相寧んぞ種あらんや
【読み方】
おうこうしょうしょういずくんぞしゅあらんや
【意味】
王や諸侯、将軍、宰相となるのは、家柄や血統によるものではなく、自分自身の才能や努力によるということ。


【英語】
・Are kings and lords, generals and ministers, born to such rank?(王や諸侯、将軍、宰相は、生まれつきその地位にあるのか)
【類義語】
・氏より育ち(うじよりそだち)
【対義語】
・血は争えない(ちはあらそえない)
「王侯将相寧んぞ種あらんや」の故事
「王侯将相寧んぞ種あらんや」は、中国の歴史書『史記』(前漢、前91年ごろ完成、司馬遷著)の「陳涉世家」に出てくる言葉にもとづきます。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までの歴史を、人物の伝記を中心とする紀伝体で記した全130巻の史書です。
故事の中心にいるのは、秦末の人物である陳勝と呉広です。二人は秦末の農民反乱の先駆者として知られ、前209年に、辺境防備に徴発されたことをきっかけとして兵を挙げました。
『史記』では、陳勝と呉広たちが任地へ向かう途中、大雨にあって期限に遅れたことが語られます。秦の法では、期限に遅れれば斬られることになっていたため、彼らはこのまま従っても命が危うい状況に追いこまれました。
呉広は兵士たちに信望があり、陳勝とともに行動を起こします。二人は秦の役人を倒し、集められていた兵士たちに向かって、自分たちの立場と命の危険を示しました。
その場面で陳勝が語った言葉の中に、「壮士不死即已、死即挙大名耳、王侯将相寧有種乎」が出てきます。これは、勇気ある者は死なないならそれでよいが、死ぬなら大きな名を挙げるべきであり、王侯や将軍・宰相に、どうして生まれつきの血筋があるだろうか、という意味です。
「寧有種乎」は、直訳すれば「どうして種があるだろうか」という反語です。ここでいう「種」は、王侯や将相になる資格が、初めから決まった家系や血統として存在するという考えを指し、それを強く否定しています。
この言葉を聞いた兵士たちは、命令を受けると答え、陳勝たちは楚を名のって反秦の行動を始めました。やがて陳勝は将軍となり、呉広は都尉となり、さらに陳の地を占めたのち、陳勝は王に立てられて張楚と号しました。
この故事では、もともと低い身分に置かれていた人々が、家柄だけで支配される世の中に対して立ち上がる姿が描かれています。そのため、この言葉は、単に出世を励ます言葉というだけでなく、生まれによって人の可能性を決めつけてはならないという強い主張を含んでいます。
日本語では、漢文訓読の形として「王侯将相寧んぞ種あらんや」と読まれ、「寧ぞ」「何ぞ」「豈」などを用いた形でも使われてきました。近代の用例には、内田魯庵『社会百面相』(1902年)に「王侯将相何ぞ種あらんや」とある例などがあり、後には「王侯将相いずくんぞ種あらんや」の形でも用いられました。
現在では、身分や家柄ではなく、才能・努力・器量によって大きな役目を得ることを表す故事成語として使われます。古い社会の身分意識を打ち破る言葉であるため、人の出発点ではなく、その人が何を成しとげるかを重んじる表現といえます。
「王侯将相寧んぞ種あらんや」の使い方




「王侯将相寧んぞ種あらんや」の例文
- 家柄を理由に挑戦をあきらめそうになった彼は、王侯将相寧んぞ種あらんやの言葉に励まされた。
- 王侯将相寧んぞ種あらんやという考えは、身分に縛られた時代に大きな力をもった。
- 小さな町工場から世界的な会社を育てた父の歩みは、王侯将相寧んぞ種あらんやを思わせる。
- 生まれではなく実力を見て部長を選ぶ姿勢に、王侯将相寧んぞ種あらんやの精神がある。
- 王侯将相寧んぞ種あらんやを口にするなら、努力を続けて道を開く覚悟も必要だ。
- 門地だけで人を判断する古い考えに対し、王侯将相寧んぞ種あらんやは強い反論となる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・旺文社編『旺文社世界史事典 三訂版』旺文社、2000年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・内田魯庵『社会百面相』1902年。























