【ことわざ】
尾を振る犬も噛むことあり
【読み方】
おをふるいぬもかむことあり
【意味】
普段はおとなしく従順な人でも、時には思いがけず反抗することがあるというたとえ。


【英語】
・The worm will turn(普段おとなしい人も、耐えきれなくなれば反抗する)
【類義語】
・仏の顔も三度(ほとけのかおもさんど)
・窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)
「尾を振る犬も噛むことあり」の語源・由来
「尾を振る犬も噛むことあり」は、犬が親しげに尾を振る姿と、歯を立てて噛みつく行動とを対照させたことわざです。尾を振る犬は、一見すると、おとなしく従順(じゅうじゅん)に思えますが、そのような犬でも、時と場合によっては噛むことがあるという身近な経験を、人間の態度に重ねています。
「尾を振る」という言い方は、犬が飼い主に喜んで付き従う姿から、人が有力者などに愛敬(あいきょう)を示し、機嫌を取るという意味にも使われてきました。『当風辻談義』(1753年・江戸時代中期)には、「弱そふな奴なら、おどし、強奴には尾をふり」とあり、相手の強さに応じて、脅したり、こびて従ったりする人物の態度を表しています。
これは、「尾を振る犬も噛むことあり」ということわざ全体の用例ではありませんが、その前半にある「尾を振る」が、江戸時代にはすでに、人に従ったり、機嫌を取ったりする態度のたとえとして使われていたことを示します。犬の具体的な動作が、人間関係を表す言葉へと移っていったのです。
犬の尾振りから生まれたことわざには、「尾を振る犬は叩かれず」もあります。こちらは、尾を振って親しみを示す犬がむやみに叩かれないように、愛敬のある人や従順な人は、他人からひどい仕打ちを受けにくいという意味です。
それに対して、「尾を振る犬も噛むことあり」では、「は」ではなく「も」を用いています。「おとなしく従っている犬であっても、必ずしも噛まないとは限らない」と、予想に反する一面を強調する形です。また、文末の「ことあり」は、現代の言い方では「ことがある」に当たり、いつもではないものの、時には起こるという意味を表します。
実際の犬も、尾を振るときに、必ず喜びや親しみだけを表しているわけではありません。ゆったりした尾振りが友好的な態度を示す一方、尾を下げてぎこちなく振る動きは、不安や緊張を表すことがあります。また、恐れ、痛み、縄張りを守ろうとする気持ちなどから、普段はおとなしい犬が攻撃する場合もあります。
このことわざには、特定の中国古典や歴史上の人物に結びつく故事は伝わっていません。人々の暮らしに身近だった犬の行動をもとに、普段おとなしい人にも意志や怒りがあり、侮れば反抗を受けることがあるという、人間関係の教訓へとまとめられた表現です。
少なくとも1990年代には、「尾を振る犬も噛むことあり」という現在と同じ形が、完成したことわざとして辞典に収められていました。その後も、犬の「噛みつく」という行動から生まれたことわざの一つとして、「普段おとなしい者でも、時によっては意外な反抗をすることがある」という意味で受け継がれています。
よく似た表現に「飼い犬に手を噛まれる」がありますが、意味の重点は異なります。「飼い犬に手を噛まれる」は、かわいがったり、世話をしたりした相手から裏切られることを表しますが、「尾を振る犬も噛むことあり」は、普段従順な相手でも、軽く扱ったり、無理を重ねたりすれば反抗することがある、という戒めです。
「尾を振る犬も噛むことあり」の使い方




「尾を振る犬も噛むことあり」の例文
- いつも黙って雑用を引き受けていた生徒が不公平だと訴え、尾を振る犬も噛むことありだと皆を驚かせた。
- 弟は普段おとなしいが、約束を何度も破られて強く抗議したので、尾を振る犬も噛むことありだと思った。
- 従順な部下に無理な残業を押しつけ続ければ、尾を振る犬も噛むことありという結果になりかねない。
- 住民の好意に甘えて一方的な負担を求めた町長は、尾を振る犬も噛むことありと知ることになった。
- 彼女は長く失礼な態度を我慢していたが、尾を振る犬も噛むことありで、ついにきっぱり反論した。
- おとなしい相手なら何を言ってもよいと考えるのは、尾を振る犬も噛むことありという戒めを忘れた態度だ。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・旺文社編『成語林―故事ことわざ慣用句』旺文社、1992年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・馬場俊臣「『犬』に関することわざ(2)―『犬』をどう捉えてきたか―」『札幌国語研究』第25号、北海道教育大学国語国文学会・札幌、2020年。
・Diana Leaほか編『Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第10版』Oxford University Press、2020年。























