【故事成語】
冠蓋相望む
【読み方】
かんがいあいのぞむ(かんかいあいのぞむとも)
【意味】
使者や車の行き来が絶え間なく続くこと。特に、使者などが次々に送り出されるさまをいう。


【英語】
・a constant stream of envoys.(使者が絶え間なく続くこと)
【類義語】
・冠蓋相属す(かんがいあいしょくす)
・冠蓋絶えず(かんがいたえず)
・絡繹(らくえき)
【対義語】
・門前雀羅(もんぜんじゃくら)
「冠蓋相望む」の故事
「冠蓋相望む」は、中国の古い書物『戦国策』(せんごくさく)に出てくる表現にもとづく故事成語です。『戦国策』は、前漢末の劉向が編んだとされる中国の史書で、戦国時代に諸国を遊説した人々の策謀や弁論を国別に集めた書物です。
「冠」は、ここでは使者や官吏のかぶる冠を指します。「蓋」は、車の上をおおう屋根のような部分を指します。
「相望む」は、互いに見えるほど近くに続いているという意味です。つまり「冠蓋相望む」は、使者の冠と車のおおいが、前から後ろへ連なって見えるほど、行き来が絶えない様子を表します。
『戦国策』魏策四には、斉(せい)と楚(そ)が約束して魏(ぎ)を攻めようとしたため、魏が秦(しん)に救いを求める場面があります。その場面に「魏使人求救於秦,冠蓋相望,秦救不出」とあり、魏から秦へ救援を求める使者が続いたものの、秦は救いを出さなかったことが記されています。
この文では、「冠蓋相望」が、ただ道がにぎやかだという意味ではなく、危機にある国が使者を何度も送り、必死に助けを求める様子を表しています。使者の車が相次ぎ、その冠と車蓋が遠くまで続いて見えるほどだった、という誇張を含む表現です。
『戦国策』韓策二にも、楚が雍氏(ようし)を五か月囲んだため、韓(かん)が秦へ使者を送って救いを求める場面があります。そこにも「韓令使者求救於秦,冠蓋相望也,秦師不下殽」とあり、韓の使者が秦へ続けて向かったのに、秦の軍が殽(こう)を下らなかったことが述べられています。
また、『戦国策』韓三には、趙(ちょう)と魏が華陽(かよう)を攻め、韓が急いで秦に訴えた場面が出てきます。ここでも「冠蓋相望,秦不救」とあり、使者が相次いだにもかかわらず、秦がすぐには救わなかったことが記されています。
これらの例に共通するのは、国どうしの危機的な関係の中で、使者が続けて派遣されるという点です。そのため、もとの意味は、役人や使者の往来が絶えず続く、かなり改まった場面を表すものでした。
日本では、奈良時代の神亀五年、728年の記録にも「冠蓋相望」の形が出てきます。『類聚三代格』(るいじゅさんだいきゃく)巻五に「其五位以上子孫歴代相襲、冠蓋相望」とあり、五位以上の子孫が代々続くことを述べる文脈で使われています。
『類聚三代格』は、平安中期の法令集で、弘仁・貞観・延喜の三代の格を、神社や国分寺などの事項別に分類して整理したものです。そこにこの表現が入っていることから、「冠蓋相望」は日本の漢文資料の中でも、早くから受け入れられていたことが分かります。
後には、使者だけでなく、車や人の往来が絶え間なく続く様子を表す言葉としても用いられるようになりました。ただし、もとの成り立ちをふまえると、単に「混雑している」というより、改まった人々の往来や、用件をもった使者・来訪者が次々に続く場面に合う表現です。
「冠蓋相望む」の使い方




「冠蓋相望む」の例文
- 式典の会場には各地から代表者の車が集まり、冠蓋相望む盛況となった。
- 大臣との会談を求める使者が次々に訪れ、門前は冠蓋相望むありさまだった。
- 開港直後の港町には商人や役人の往来が続き、冠蓋相望むにぎわいを見せた。
- 新しい庁舎の落成式には来賓の車が絶えず、まさに冠蓋相望む光景だった。
- 国境の町には交渉のための使者が相次ぎ、冠蓋相望む緊張した日々が続いた。
- 冠蓋相望むほどの来訪があるのは、その家が大きな影響力をもっている証でもあった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・『重編國語辭典修訂本』中華民國教育部。
・劉向編『戦国策』前漢末。
・『類聚三代格』平安中期。
・Merriam-Webster, Incorporated『Merriam-Webster.com Dictionary.』























