【故事成語】
耆婆、扁鵲でもいかぬ
【読み方】
ぎば、へんじゃくでもいかぬ
【意味】
どんな名医でも治せないほどの重病のたとえ。また、どれほどすぐれた人や力を尽くしても、どうにもならない状態のたとえ。


【英語】
・incurable(治すことのできない)
・beyond cure(治療や改善の見込みがない)
【類義語】
・病膏肓に入る(やまいこうこうにいる)
・匙を投げる(さじをなげる)
・不治の病(ふじのやまい)
【対義語】
・起死回生(きしかいせい)
「耆婆、扁鵲でもいかぬ」の故事
「耆婆、扁鵲でもいかぬ」は、古代インドの名医である耆婆と、古代中国の名医である扁鵲を並べた言い方から生まれた表現です。二人を合わせた「耆婆扁鵲」は、世にもまれな名医、すぐれた医者のたとえとして使われてきました。
耆婆(ぎば)は、梵語 Jīvaka の音訳で、仏弟子であり、古代インドの名医として伝えられています。中国の扁鵲と並び称される人物で、仏教関係の説話や文献の中でも、医術にすぐれた人として扱われてきました。
扁鵲(へんじゃく)は、中国古代の伝説的な名医です。姓は秦、名は越人とされ、『史記(しき)』(前漢、前91年ごろ完成、司馬遷著)の「扁鵲倉公列伝」に、その名医ぶりを伝える話がまとまって出てきます。
『史記』には、扁鵲が虢(かく)の太子を診て、死んだように見えた状態から回復させた話があります。人々は扁鵲を「死人を生き返らせることができる人」と考えましたが、扁鵲自身は、死者を生き返らせたのではなく、もともと生きるはずの人を起き上がらせただけだ、と述べています。
同じ『史記』には、斉の桓侯(かんこう)の病をめぐる話もあります。扁鵲は病が浅いうちから治療をすすめますが、桓侯は病を認めず、やがて病が骨髄に入ると、扁鵲は「司命でもどうすることもできない」として退き、桓侯は亡くなります。
この話は、どれほどすぐれた医者にも限界があることをよく示しています。病が深くなりすぎたり、治療を受けるべき時を失ったりすれば、名医の力も及ばなくなる、という考えが、後の「扁鵲でも及ばない」という見方につながります。
日本では、中世の文献にも、耆婆と扁鵲を並べて名医の代表とする表現が出てきます。『曾我物語』(南北朝時代ごろ成立)には、「病きはめておもき者の、薬ばかりにてはとうたがひて、服せずは、耆婆が医術も、へんじゃくが医方も、益あるべからず」という形が出てきます。
この用例では、病がたいへん重く、しかも薬を疑って飲まないなら、耆婆の医術も扁鵲の医方も役に立たない、という意味になります。名医の名を出すことで、治療の力だけではどうにもならない場合があることを強く表しています。
室町時代の連歌論『ささめごと』(1463年ごろ・室町時代、心敬著)にも、「耆婆・扁鵲が良薬も、教へのごとく養生なき人の病をばいやさず」という用例が出てきます。ここでも、どれほどよい薬や名医の力があっても、養生しない人の病は治らない、という考えが述べられています。
近代の文章にも、二人の名医を並べて「それでも救えない」「それでも薬が効かない」とする言い方が続いています。河口慧海の『チベット旅行記』(明治37年、河口慧海著)には、「たとえ耆婆、扁鵲といえども救うことは出来ない」「耆婆扁鵲の薬といえども決して利くものでない」という形が出てきます。
こうして、耆婆と扁鵲は、ただ医者の名としてではなく、「名医の力をもってしても」という強い比喩を作るための人物名になりました。「耆婆、扁鵲でもいかぬ」は、その比喩を受けつぎ、もとは不治の病を言い、のちにはどうにも解決できない問題や状態にも広げて使われる故事成語です。
「耆婆、扁鵲でもいかぬ」の使い方




「耆婆、扁鵲でもいかぬ」の例文
- 手遅れになるまで放っておいたその病は、耆婆、扁鵲でもいかぬほど重くなっていた。
- 何年もこじれたままの対立は、今さら一人の仲裁では耆婆、扁鵲でもいかぬ状態だった。
- 部品がすべて失われた古い機械は、名人の職人でも耆婆、扁鵲でもいかぬと判断した。
- 小さな問題のうちに直さなかったため、計画全体が耆婆、扁鵲でもいかぬほど混乱した。
- 家族の注意を聞かずに無理を重ねた結果、彼の体調は耆婆、扁鵲でもいかぬと言われるほど悪化した。
- 信頼を失う行いを何度も続ければ、あとで謝っても耆婆、扁鵲でもいかぬことがある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・司馬遷『史記』前漢、前91年ごろ。
・心敬『ささめごと』1463年ごろ。
・『曾我物語』南北朝時代ごろ成立。
・河口慧海『チベット旅行記』1904年。























