【故事成語】
吉凶は糾える縄の如し
【読み方】
きっきょうはあざなえるなわのごとし
【意味】
良いことと悪いことは、より合わせた縄のように絡み合い、かわるがわる訪れるものだということ。


【類義語】
・禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)
・人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)
・沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり)
「吉凶は糾える縄の如し」の故事
「吉凶は糾える縄の如し」のもとになった表現は、中国・西晋の孫楚が詠んだ送別の詩「征西官属送於陟陽候作詩」に出てきます。この詩は、のちに南朝梁の蕭統が編んだ『文選(もんぜん)』(6世紀前半成立)巻二十に収められました。
詩の初めには、朝の風が分かれ道に吹き、秋草を小雨がぬらすなか、多くの人々が遠くまで孫楚を見送る様子が描かれています。旅立ちを惜しむ場面ですが、孫楚の思いは、別れの悲しみから、人の命や運命は定めがたく、いつまでも保てるものではないという人生への考察へと移っていきます。
その中に、「吉凶如糾纆、憂喜相紛繞」とあります。「良いことと悪いことは、より合わせた縄のようであり、憂いと喜びは互いに入り乱れている」という意味です。
「糾纆」は、より合わせた縄を表す言葉です。『文選』の注には、「糾」は二本を合わせた縄、「纆」は三本を合わせた縄とあり、禍と福とが縄の筋のように寄り添い、表裏をなすことを表すとあります。一本の縄を形づくる筋が互いに絡み合うように、喜びと悲しみ、成功と失敗も切り離せないというたとえです。
同じ縄のたとえは、孫楚より前に書かれた賈誼の「鵩鳥賦(ふくちょうのふ)」にも出てきます。そこでは、強大だった呉が敗れ、追い詰められた越が後に栄えた例などを挙げたうえで、「夫れ禍と福とは、何ぞ糾纆に異ならん」と述べ、不幸と幸福は、より合わせた縄と変わらないと表しています。
また、司馬遷の『史記(しき)』(前漢、紀元前1世紀成立)の南越伝には、「禍に因りて福を為す。成敗の転ずるは、譬えば糾纏の若し」という趣旨の一節があります。この一節は、「禍福は糾える縄の如し」という、現在よく使われる類似の形につながっています。
日本では、『平治物語(へいじものがたり)』(1220年ごろ成立か・鎌倉時代前期、作者未詳)上巻に、「吉凶はまつはれる縄のごとしといふぞことはりなる」とあります。この古い用例では「あざなえる」ではなく「まつはれる」といい、良いことと悪いことが縄のように絡み合う道理を表しています。
現在の「糾える」は、縄をなうことを表す動詞「糾う」の形です。こうして、中国の詩にあった「吉凶如糾纆」という表現は、日本では「まつはれる縄」を経て「糾える縄」と表され、幸運にも不運にも永遠はなく、両者は互いに結び付いて移り変わるという教えを伝える言葉となりました。
「吉凶は糾える縄の如し」の使い方




「吉凶は糾える縄の如し」の例文
- 試合に敗れた悔しさが猛練習のきっかけとなり、吉凶は糾える縄の如しを実感した。
- 念願の優勝を果たした直後にけがを負い、吉凶は糾える縄の如しと思わずにはいられなかった。
- 店の移転は大きな負担だったが、新しい客が増え、吉凶は糾える縄の如しとなった。
- 就職試験には落ちたものの、別の会社で才能を認められ、吉凶は糾える縄の如しという結果になった。
- 大雨で祭りは延期されたが、開催日には好天に恵まれ、吉凶は糾える縄の如しだった。
- 吉凶は糾える縄の如しというから、順調なときにも油断せず、苦しいときにも希望を失わないことが大切だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・蕭統編『文選』南朝梁、6世紀前半成立。
・孫楚「征西官属送於陟陽候作詩」西晋、3世紀。
・司馬遷『史記』前漢、紀元前1世紀成立。
・『平治物語』1220年ごろ成立か。























