【故事成語】
義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し
【読み方】
ぎはたいざんよりおもく、いのちはこうもうよりかるし
【意味】
正しい道や守るべき義はたいへん重く、そのためであれば命を惜しまないというたとえ。


【英語】
・give one’s life for a just cause.(正しい目的のために命を捧げる)
【類義語】
・命は義によりて軽し(いのちはぎによりてかるし)
・捨生取義(しゃせいしゅぎ)
【対義語】
・命あっての物種(いのちあってのものだね)
「義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し」の故事
「義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し」は、前漢の司馬遷が友人の任安に送った「報任少卿書(ほうじんしょうけいしょ)」の一節に由来する故事成語です。この文章は、司馬遷が宮刑を受けた後の苦しい心情と、『史記(しき)』を完成させようとする決意を述べた手紙です。
司馬遷は、前漢の歴史家で、中国最初の通史とされる『史記』を書いた人物です。『史記』は本紀・表・書・世家・列伝から成る全百三十巻の歴史書で、黄帝から前漢の武帝の時代までを広く記しています。
「報任少卿書」は、のちに『文選(もんぜん)』にも「任少卿に報ずるの書」として収められました。『文選』は、梁の昭明太子蕭統の編による中国の詩文集で、六世紀前半に成立し、中国古代文学の重要な作品を集めた書物です。
もとの文には、「人固有一死,死或重於泰山,或輕於鴻毛,用之所趣異也」とあります。これは、人にはもともと必ず一度の死があり、その死は泰山より重いこともあれば、鴻毛より軽いこともあり、それは何のために死ぬかが違うからだ、という意味です。
ここでいう「泰山」は、中国山東省にある名高い山で、中国五岳の一つです。古くから大きく重いもの、また重大で価値あるもののたとえとして用いられてきました。
「鴻毛」は、おおとりの羽毛を指します。きわめて軽いもののたとえであり、泰山の重さと鴻毛の軽さを対比することで、死の価値の差を強く表しています。
司馬遷は、恥を受けたからすぐ死ぬ、という道を選びませんでした。自分には『史記』を完成させるという大きな志があり、そのために屈辱に耐えて生きることを選んだのです。
そのため、もとの一節は、ただ「死ぬことが立派だ」と説く言葉ではありません。人の死は、目的や道理にかなうかどうかによって、重くも軽くもなるという考えを表しています。
現在の「義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し」という形では、原文の「死」の重さと軽さを、「義」と「命」の対比として受け継いでいます。義にかなうことを泰山のように重く見て、その義のためであれば命を鴻毛のように軽く見る、という意味に整えられた言い方です。
日本語では、「命は鴻毛より軽し」という形も古くから用いられました。『太平記』(14世紀後半成立、南北朝時代の軍記物語)には、「命を鴻毛よりも軽せり」という形の用例が伝わり、命を捨てることを惜しまないという意味で使われています。
また、「命は義によりて軽し」という近い言い方もあります。これは、かけがえのない命も、義のためなら惜しくないという意味で、『十訓抄(じっきんしょう)』(1252年・鎌倉時代中期成立)に「命は義によりて軽」とある用例が伝わっています。
この故事成語を読むときには、命を軽んじるだけの言葉として受け取らないことが大切です。司馬遷の言葉は、何のために生き、何のために死ぬのかという、人の行いの価値を問う考えに根をもっています。
「義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し」の使い方




「義は泰山より重く、命は鴻毛より軽し」の例文
- 彼は不正を見過ごさず、義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しという覚悟で真実を語った。
- 仲間を守るために危険な任務を引き受けた姿は、義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しを思わせる。
- 義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しとはいえ、命を粗末にせず、何が正しい行いかを見極める必要がある。
- 戦乱の中で人々を救おうとした医師の行動には、義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しの精神が表れていた。
- 正義のために沈黙を破った彼女の決断は、義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しという言葉にふさわしい。
- 義は泰山より重く、命は鴻毛より軽しという考えは、守るべき道を命より重く見る強い覚悟を示す。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・諸橋轍次著『大漢和辞典 修訂第二版』大修館書店、1989〜1990年。
・司馬遷「報任少卿書」前漢、紀元前91年ごろ。
・昭明太子蕭統編『文選』梁、6世紀前半。
・『太平記』14世紀後半成立。
・『十訓抄』1252年。























