【故事成語】
君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず
【読み方】
きみきみたらずといえどもしんもってしんたらざるべからず
【意味】
主君が主君としての徳や道を尽くさなくても、臣下は臣下としての道を守り、忠義を尽くさなければならないということ。


【英語】
・do one’s duty.(自分のつとめを果たす)
【類義語】
・君君たらずとも臣臣たらざるべからず(きみきみたらずともしんしんたらざるべからず)
・忠義(ちゅうぎ)
・尽忠(じんちゅう)
「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」の故事
「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」は、中国の経書『孝経(こうきょう)』の古文系統に関わる言葉です。『孝経』は、中国古代の孝道について、孔子と曾子との問答の形で説いた書物で、戦国時代に成立したとされ、古文と今文の二種が伝わりました。
もとの漢文は、「君雖不君、臣不可以不臣。父雖不父、子不可以不子」という形です。これは、主君が主君らしくなくても、臣下は臣下らしくあることをやめてはならず、父が父らしくなくても、子は子らしくあることをやめてはならない、という意味です。
「君君たらず」の前の「君」は主君を表し、あとの「君」は主君らしいあり方を表します。同じ字を重ねることで、「主君が主君としての道を尽くしていない」という意味になります。
「臣以て臣たらざるべからず」は、臣下はそれを理由として、臣下としての道を失ってはならない、という意味です。「臣」は、君や主人に仕える者を指し、「忠義」は、主君や国家に真心を尽くして仕えることを表します。
『古文孝経』は、漢の武帝の時に、孔子旧宅の壁の中から出たと伝えられる古文二十二章の書物とされます。その代表的な注釈として孔安国の伝が伝わりますが、孔安国に仮託された六朝時代のものとする説明もあります。
この言葉は、『孝経』の「敬其君則臣説」という考えをめぐる説明の中に出てきます。主君が自分の道を十分に守らないからといって、臣下がただ怒り、自分の道を捨ててよいのか、という問いかけを含んでいます。
ただし、この故事成語は、不正な命令に何でも従うことをすすめる言葉ではありません。同じ『古文孝経』の「諫争章」には、「臣不可以不爭於君」とあり、君主に不当な点があるときには、臣下が諫めなければならない、という考えも示されています。
つまり、この言葉の芯は、主君の欠点を見ても、自分まで臣下としての節度や責任を失ってはならない、という点にあります。忠義とは、ただ黙って従うことではなく、必要なときには諫めることも含むつとめとして考えられていました。
この考えと関わりの深い古典に、『論語(ろんご)』「顔淵」があります。そこでは、斉の景公が政治について孔子に問い、孔子が「君君、臣臣、父父、子子」と答え、君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしくあることを、政治の要点として示しています。
『論語』の「君君たり臣臣たり」は、上に立つ者も下に仕える者も、それぞれの分に応じて道を守るという、双方向の秩序を表します。これに対して、「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」は、主君側が十分でない場合でも、臣下が自分の道を捨ててはならない、という面を強く表します。
日本での古い用例として、『平家物語』(13世紀前半成立、鎌倉時代前期)巻二に、「君々たらずと云とも、臣もて臣たらずば有べからず」と出てきます。これは、主君が主君らしくなくても、臣下は臣下としてのつとめを果たすべきだ、という意味で用いられています。
この『平家物語』の場面では、平重盛が父の清盛を諫め、後白河法皇への配慮を示す文脈で、この考えが語られます。主君や父に問題があるときにも、臣下や子としての道を失わず、忠や孝を尽くす人物として、重盛の態度がたたえられています。
このように、「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」は、中国古典の君臣倫理を背景にもち、日本でも軍記物語の中で、忠義を語る言葉として受け入れられました。現在読むときには、古い身分秩序の言葉としてだけでなく、相手の欠点を理由に、自分の責任まで捨ててはならない、という戒めとして理解できます。
「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」の使い方




「君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからず」の例文
- 部長の指示が不十分でも、部員が自分の役割を投げ出さない姿勢は、君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずに通じる。
- 上司に不満があっても、仕事の責任を果たすべきだという意味で、君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずが引かれた。
- 先生の説明が足りなかったからといって、係の仕事まで放り出すのは、君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずの考えに反する。
- 君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずは、相手の不足を理由に自分のつとめを失わないことを戒める言葉だ。
- 不満を抱えながらも会の運営を支えた彼の態度には、君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずの精神があった。
- 君君たらずと雖も臣以て臣たらざるべからずを、ただ従うことではなく、責任を果たしながら正すべきことは正す姿勢として考えたい。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・『古文孝経』。
・『論語』。
・『平家物語』13世紀前半成立。
・Dictionary.com, “do one’s duty.”























