【ことわざ】
口は口、心は心
【読み方】
くちはくち、こころはこころ
【意味】
口に出して言うことと、心の中で思っていることとが一致しないこと。言葉と本心とが裏腹であること。


【英語】
・say one thing and mean another.(口では一つのことを言い、心では別のことを思う)
【類義語】
・口と心は裏表(くちとこころはうらおもて)
【対義語】
・言葉は心の使い(ことばはこころのつかい)
「口は口、心は心」の語源・由来
「口は口、心は心」の「口」は、体の一部としての口ではなく、口から外へ出す言葉や発言を指します。「心」は、外からは直接分からない本心や内心を指します。「口」と「心」をそれぞれ別のものとして繰り返すことで、口にした言葉と心の中の思いとが一致していない状態を、簡潔に表しています。
古い用例は、軍記物語『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』(鎌倉時代、作者・成立年代未詳)の巻二十にあります。『源平盛衰記』は全四十八巻からなり、源氏と平家の興亡を、多くの挿話や伝説とともに描いた作品で、『平家物語』の異本の一つとみられています。
この言葉が出てくるのは、治承四年、すなわち1180年の石橋山の戦いを描いた場面です。源頼朝方の北条時政(ほうじょうときまさ)と、平家方の大庭景親(おおばかげちか)が、戦いを前に互いの立場を主張し合います。
大庭景親は、自分が鎌倉権五郎景政(かまくらごんごろうかげまさ)の子孫であることを名乗りながら、平家方の大将として源頼朝に立ち向かっていました。そこで北条時政は、景親の先祖が源氏に仕えた家柄であることを持ち出し、「いかに口は口、心は心と、三代相伝の君に敵し申ぞ」と問いかけます。
この言葉は、口では先祖と源氏とのつながりを認めながら、実際にはその源氏に敵対しているではないかと、景親を責めるものです。ここでの「心」は、景親の本心を北条時政が確かめたものではなく、口にする言葉と取っている立場とが食い違っていると非難する中で用いられています。
これに対して景親は、「先祖は誠に主君。但し、昔は昔、今は今。恩こそ主よ」と答えます。先祖が源氏に仕えたことは事実だが、それは昔のことであり、今の自分に深い恩を与えている平家こそが主君である、という主張です。このやり取りからは、先祖代々のつながりを重んじる考えと、現在受けている恩を重んじる考えとが鋭く対立していたことが分かります。
『源平盛衰記』の用例は、現在の「口は口、心は心」とほぼ同じ形です。古い本文にも読点を入れた形があり、現代の辞書では、「口は口心は心」のように読点を置かず、見出しとすることもあります。読点の有無にかかわらず、「口にすることと心で思うこととは別である」という組み立ては変わりません。
古い用例では、主君への忠義をめぐる戦場での言葉として使われていますが、現在はその場面に限りません。相手に遠慮して賛成したり、平気なふりをして本当の悲しみを隠したりするなど、日常生活で言葉と本心とが食い違う場合にも広く用います。また、必ずしも人をだまそうとする悪意だけを表すわけではなく、建前や気遣いによって本心を言えない場合にも当てはまります。
反対の考え方を表す「言葉は心の使い」は、心に抱いている思いが自然に言葉へ表れるという意味です。「口は口、心は心」は、それとは逆に、表に出た言葉だけでは、その人の本心まで分からないことがあると教えることわざです。
「口は口、心は心」の使い方




「口は口、心は心」の例文
- 彼は賛成すると答えたが、内心では反対しており、口は口、心は心だった。
- 母は平気だと言ったものの、寂しそうな表情から口は口、心は心であることが伝わった。
- 友人の服を褒めながら本当は似合わないと思っていたなら、口は口、心は心ということになる。
- 会議では計画を支持しながら陰では不満を漏らす部長の態度は、口は口、心は心そのものだった。
- 心配をかけまいと元気なふりをする祖父を見て、家族は口は口、心は心だと気づいた。
- 口は口、心は心にならないよう、彼女は反対する理由を相手に丁寧に伝えた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『源平盛衰記』























