「縁なき衆生は度し難し」の意味(語源由来・英語訳)
【ことわざ】
縁なき衆生は度し難し
【読み方】
えんなきしゅじょうはどしがたし
【意味】
人の忠告を聞き入れようとしない者は、いかに仏でも救いようがないという事。
たとえ仏が前にいても、それを受け入れない人には何も効果がないってわけや。他人のアドバイスを素直に受け入れることの大切さを教えてくれてるんやな。
【語源・由来】
仏縁のない者は、すべてに慈悲を垂れる仏でも救えないという意から。
【英語訳】
・Even Buddha cannot redeem those who do not believe in him.
・We cannot help obstinate people those who will not listen to our advice.
・It is hard to treat people without connection.
・People who do not believe Buddhism are not relieved.
「縁なき衆生は度し難し」の解説
「縁なき衆生は度し難し」っていうことわざはね、元々の意味は、仏縁、つまり仏の教えとのつながりがない人は、仏さまがどんなに優しくて慈悲深くても救うことが難しい、っていう意味だよ。
でも、これはもう少し広く解釈すると、忠告やアドバイスを聞こうとしない人は、どれだけ手を差し伸べても助けることが難しいっていう意味にもなるんだ。
たとえばね、先生やお父さんお母さんが「宿題をしなさい」って言っても、それを全く聞こうとしないで遊んでばかりいる子供がいたら、その子供はどれだけ助けようとしても自分の態度を改めない限りは、成績を上げるのは難しいんだよ。
だから、このことわざは、人からのアドバイスや忠告を素直に受け入れることが大切だって教えてくれているんだよ。自分一人で何でも解決できると思わず、人の助けを借りて、自分を成長させていこうね。
「縁なき衆生は度し難し」の使い方
「縁なき衆生は度し難し」の例文
- あいつにはこれ以上何を言っても無駄だよ。縁なき衆生は度し難しだね。
- 縁なき衆生は度し難しというのだから、彼の忠告にはしっかりと耳を傾けるべきだ。
- 彼女は、縁なき衆生は度し難しといったところか、もう彼には愛想を尽かしたらしい。
一般的には、人々の忠告を全く聞かない人は救いようがない、という意味に使われることが多いんだ。