【ことわざ】
江戸の敵を長崎で討つ
【読み方】
えどのかたきをながさきでうつ
【意味】
以前に受けた恨みを、意外な場所や筋違いなことで晴らすこと。直接関係の薄い相手や場面で、仕返しをすることをいう。


【英語】
・take revenge on someone in an unlikely place(思いがけない場所で仕返しする)
【類義語】
・八つ当たり(やつあたり)
・意趣返し(いしゅがえし)
【対義語】
・水に流す(みずにながす)
・恨みに報ゆるに徳を以てす(うらみにむくゆるにとくをもってす)
「江戸の敵を長崎で討つ」の語源・由来
このことわざは、江戸で受けた恨みを、遠く離れた長崎で晴らすという、場所の取り合わせの意外さから成り立っています。江戸と長崎の遠さによって、普通なら結びつきにくい場所で仕返しをする、筋違いな様子を強く表します。
ここでいう「敵」は、戦争の相手というより、恨みを晴らす相手、つまり「かたき」の意味です。「討つ」は相手を攻めることを表しますが、このことわざでは、実際に武力で討つというより、以前の恨みに仕返しするという意味で使われます。
由来については、もとは「江戸のかたきを長崎が討つ」という形だったとする説があります。この説では、文政年間(1818〜1830年ごろ)に、大坂の見世物師や職人の興行が江戸で大きな成功をおさめ、江戸の見世物を圧倒したことが発端になります。
その後、長崎の細工師や長崎職人の見世物が、大坂側の見世物をしのぐ人気を集めたといいます。江戸側から見ると、自分たちの面目をつぶした相手を、まったく別の長崎の者が打ち負かしたことになり、そこから「江戸の敵を長崎が討つ」という流行言葉が生まれた、という説明です。
この由来説では、江戸の者が自分で大坂の相手を負かしたわけではありません。江戸とは別の長崎の者が勝ったため、恨みを晴らす場所も相手もずれているところに、このことわざの面白さがあります。
やがて「長崎が討つ」という言い方は、「長崎で討つ」という形で広まりました。「長崎が」なら長崎の者が討つという意味になりますが、「長崎で」になると、江戸で受けた恨みを長崎という離れた場所で晴らす、という表現になります。
古い用例として、明治35年(1902年)の内田魯庵『社会百面相』所収「犬物語」に、「江戸の仇を長崎で討たれるやうな目に遇ふから」という形が出てきます。この場面では、相手に下手に関わると、思わぬところで仕返しを受けるような目にあう、という意味で使われています。
同じく明治期の小説『小説 不如帰』(1898〜1899年連載、徳冨蘆花著)にも、「江戸の敵を長崎で討つ」という言い方が出てきます。そこでは、ある不満や鬱憤が、直接の原因とは違う相手や場所に向かって発散される様子を説明するために使われています。
このように、明治期の用例では、単に遠くまで敵を追いかけて討つという意味ではなく、原因と仕返しの場面がずれていることを表しています。恨みの相手や出来事と、仕返しの場所や対象が一致しないところが、現在の意味にもつながっています。
現在の「江戸の敵を長崎で討つ」は、昔の恨みを思いがけない場面で晴らすこと、または筋違いな形で仕返しすることを表すことわざです。直接相手に正しく向き合うのではなく、別のところで鬱憤を晴らすような場合に、やや皮肉をこめて使われます。
「江戸の敵を長崎で討つ」の使い方




「江戸の敵を長崎で討つ」の例文
・昨日の口げんかの腹いせに、今日の班活動で相手の意見を無視するのは、江戸の敵を長崎で討つようなものだ。
・兄は将棋で負けた悔しさを、夕食の席で弟にぶつけ、江戸の敵を長崎で討つ形になった。
・会議で注意された社員が、別の企画で相手の提案だけを退けるのは、江戸の敵を長崎で討つ態度に近い。
・友人関係の不満を、関係のない係決めで仕返しするのは、江戸の敵を長崎で討つことになる。
・江戸の敵を長崎で討つような仕返しは、かえって周囲の信頼を失いやすい。
・部活で叱られた腹いせを家庭で弟にぶつけるのは、江戸の敵を長崎で討つ行動だ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・楳垣実『江戸の敵を長崎で 續語源随筆』関書院、1961年。
・内田魯庵『社会百面相』1902年。
・徳冨蘆花『小説 不如帰』1900年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』Cambridge University Press。























