【故事成語】
越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く
【読み方】
えっちょうなんしにすくい、こばほくふうにいななく
【意味】
故郷を忘れがたく思い、遠く離れても故郷を恋い慕うことのたとえ。望郷の念にかられること。


【英語】
・There is no place like home(わが家・故郷にまさる所はない)
【類義語】
・故郷忘じ難し(こきょうぼうじがたし)
・胡馬は北風に依る(こばはほくふうによる)
「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」の故事
「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」は、中国の古い詩「古詩十九首」の一節にもとづく故事成語です。「古詩十九首」は、漢代の作者不詳の五言詩を集めた作品群で、後に南朝梁(なんちょうりょう)の昭明太子蕭統が編んだ『文選(もんぜん)』に収められました。
もとの詩は「行行重行行」という一首です。遠くへ去った相手と生きながら別れ、道は遠く、再び会える日も分からないという、離別の悲しみをうたっています。
その中に「胡馬依北風,越鳥巢南枝」とあります。これは、北方の胡の地から来た馬は北風に身を寄せ、南方の越から来た鳥は南側の枝に巣を作る、という意味です。
「胡馬」は、中国北方の胡の地に産する馬を指します。「胡」は古代中国で北方・西方の異民族を指す字で、「胡馬」はその地の馬という意味をもちます。
「越鳥」の「越」は、中国南方にあった越の国や南方の地を表します。南から来た鳥が、北の土地にいても南側の枝に巣を作るという描写によって、鳥でさえ故郷の方角を忘れないことを示しています。
この二つの動物の姿は、ただの自然描写ではありません。遠く離れた人を思う詩の中で、馬や鳥でさえ生まれた土地を慕うなら、人が故郷や大切な人を忘れられないのは当然だ、という心情を支えています。
『文選』は、六朝の梁代に編まれた詩文の選集です。編者は昭明太子蕭統で、周から梁までの代表的な詩文を広く集めた書物として、後の中国文学や日本の漢文学にも大きな影響を与えました。
この詩は、『玉台新詠(ぎょくだいしんえい)』とも関係します。『玉台新詠』は、六朝時代の詩の選集で、陳の徐陵が編んだ十巻の書物です。そこでは、この詩が枚乗の作として扱われることがあります。
日本でも、この表現は古くから漢文の中で用いられました。平安時代中期の漢詩文集『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』(1058年ごろ成立、藤原明衡編)には、「胡馬非二北風一不レ嘶。越鳥非二南枝一不レ巣。雖二誠禽獣一猶思二郷土一」という用例が出てきます。
この用例は、胡の馬は北風でなければ嘶かず、越の鳥は南枝でなければ巣を作らない、まことに鳥や獣でさえ故郷を思う、という意味です。原典の詩句を受けながら、故郷を思う心そのものをはっきり述べる形になっています。
後には、「越鳥南枝に巣をかけ、胡馬北風に嘶く」「越鳥南枝に巣をくい胡馬北風に嘶う」など、少しずつ異なる形でも使われました。いずれも、越の鳥と胡の馬という対になったたとえを用い、故郷を恋い慕う気持ちを表します。
現在の「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」は、遠い場所にいても故郷を忘れられない心を表す言葉です。人が故郷を思うことを弱さとして見るのではなく、心の奥に残る大切なつながりとして表す故事成語です。
「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」の使い方




「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」の例文
- 祖母は遠くの町で暮らしていても、祭りの太鼓を聞くたびに故郷を思い出し、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶くという心持ちになる。
- 海外で働く兄は、雪の便りを聞くとふるさとの山を思い、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶くという言葉をかみしめた。
- 都会の生活に慣れても、海辺の町で育った彼女には、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く思いが残っている。
- 校歌を聞いた卒業生たちは、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶くように、遠い日の教室を懐かしんだ。
- 長い旅の途中で故郷の方角から吹く風に心を動かされ、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶くという句を思い出した。
- 故郷を離れて何年たっても、母の作る味噌汁を思う彼の心には、越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く情がある。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・蕭統編『文選』六朝・梁。
・徐陵編『玉台新詠』六朝・陳。
・藤原明衡編『本朝文粋』1058年ごろ。
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