【ことわざ】
商いは牛の涎
【読み方】
あきないはうしのよだれ
【意味】
商売は、牛の涎が細く長く垂れるように、気長に辛抱強く続けることが大切であり、早く利益を得ようとあせってはならないということ。


【英語】
・Keep your shop and your shop will keep you.(店を守れば、店もまた自分を支えてくれる)
【類義語】
・商人は牛の涎(あきんどはうしのよだれ)
「商いは牛の涎」の語源・由来
「商い」は、品物やサービスを売り買いして利益を得る仕事を指します。「商いは牛の涎」は、牛の口から涎が細く長く垂れる姿を、商売の続け方に重ねたことわざです。牛の涎のように、商売も切れ目なく長く続けることが大切であり、早く大きな利益を得ようとあせってはならないという教えを表しています。
このことわざで大切なのは、牛の涎が「細く長く」続くという点です。一度に大きくもうけることよりも、少しずつでも売り買いが続き、店を長く保てることに価値を置く考え方が、この身近で印象に残るたとえに込められています。
初出の実例としては、北条団水著『日本新永代蔵(にほんしんえいたいぐら)』(1713年・江戸時代中期)巻二に、「商は牛の涎(ヨダレ)、万事せかぬが大器なりと」とあります。ここでは、現在の「商いは牛の涎」よりも短い「商は牛の涎」という形で書かれ、「商」を「あきない」と読ませています。
『日本新永代蔵』は、六巻から成る浮世草子(うきよぞうし:江戸時代の小説の一種)で、井原西鶴の『日本永代蔵』の書名にならい、町人の成功や、ときにはその失敗を描いた作品です。商売によって身を立てようとする人々の物語の中にこのことわざが現れることから、当時すでに、あせらず商いを続ける心得を示す言葉として用いられていたことがうかがえます。
「万事せかぬ」は、何事にもあわてないという意味です。『日本新永代蔵』の用例では、商売で利益を急がず、落ち着いて続けることが立派な商人のあり方と結び付けられています。この意味は、現在の「気長に辛抱強く続けることが大切である」という理解に、そのままつながっています。
表記については、古い用例では「商は牛の涎」と書かれ、現在は「商いは牛の涎」という形でも伝わっています。どちらも読みは「あきないはうしのよだれ」であり、牛の涎のように、商売は細く長く続けるべきだという意味に変わりはありません。
このことわざは、関西を中心に商人の間で広く用いられ、古くは上方(かみがた)のいろはかるたにも採られました。いろはかるたの札として親しまれたことは、長い説明を必要とせず、商いの心得を端的に伝える言い方として広まっていったことを示しています。
また、「商人は牛の涎」という近い形も伝わっています。こちらは、商人は、利益が細くても、牛の涎のように長続きすることをはかるべきだという意味です。「商いは牛の涎」が商売の続け方を表すのに対し、「商人は牛の涎」は、商売を営む人の心構えを前に出した言い方です。
昭和の小説『魚河岸ものがたり(うおがしものがたり)』(1985年、森田誠吾著)にも、「あきないは牛のよだれ」という形で、食堂への少しの注文でも途切れずに続く客をありがたく思う場面に用いられています。江戸時代の町人の物語から後の小説まで、このことわざは、目先の大もうけに心を奪われず、続いていく商売を大切にする教えとして受け継がれてきました。
「商いは牛の涎」の使い方




「商いは牛の涎」の例文
- 祖父は、商いは牛の涎を信条に、町の文房具店を四十年守ってきた。
- 父は、商いは牛の涎だからと、新しい食堂で常連客を一人ずつ増やしていった。
- 祭りの日の売上だけに喜びすぎず、商いは牛の涎と考えて、菓子屋は毎朝店を開け続けた。
- 注文が減った時期にも、店主は商いは牛の涎を胸に、修理の仕事を丁寧に続けた。
- 起業した姉は、商いは牛の涎という祖母の教えを守り、無理な拡大より信用を選んだ。
- 商店街の会長は、若い店主たちに商いは牛の涎を語り、あせらず客との縁を育てるよう励ました。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北条団水『日本新永代蔵』1713年。























