【ことわざ】
有るは厭なり、思うは成らず
【読み方】
あるはいやなり、おもうはならず
【意味】
望みと現実が一致せず、手に入りやすいものは気に入らない一方で、本当に望むものはうまく得られないこと。とくに人の縁などが思いどおりにならない場合にいう。


【類義語】
・成るは厭なり、思うは成らず(なるはいやなり、おもうはならず)
・惜しきに離れ、思わぬに添う(おしきにはなれ、おもわぬにそう)
「有るは厭なり、思うは成らず」の語源・由来
「有るは厭なり、思うは成らず」は、目の前に「有る」ものには心が向かず、自分が思うものは成り立たない、という二つのずれを並べたことわざです。希望と現実が一致しないことを表し、もとは、こちらを思ってくれる相手には心が動かず、自分が思う相手とは結ばれにくい、という人の縁のままならなさを背景にしています。
古い用例としては、「成は厭なり思うは成らず」「成るは厭なり思うは成らず」の形がよく示されています。この場合の「成る」は、物事が成立する、または縁談などがまとまるという意味につながり、「成立するものは気に入らず、心を寄せているものはうまく行かない」という内容を表します。
『吉原用文章(よしわらようぶんしょう)』(寛文年間・江戸時代前期の評判記)には、「なるはいやなり、おもふはならす、扨もかなはぬうき世にて候」とあります。これは、まとまりそうなものはいやで、思う相手とはまとまらない、なんとも思いどおりにならない世の中だ、という意味に読めます。
この古い形では、「成る」と「思う」が対になっています。「成る」は縁や物事がまとまること、「思う」は心を寄せることを含んでおり、ただの不満ではなく、望まないものは近づき、望むものは遠ざかるという、切実な行き違いを表しています。
一方、現在の見出し形である「有るは厭なり、思うは成らず」では、前半を「すでに目の前にあるものはいやだ」と受け取る形になります。古い「成る」の形と同じく、望むことと現実が合わないという芯を保ちながら、「有るものはいや、望むものは成らない」という、より分かりやすい対比として理解されます。
そのため、このことわざは、恋愛や縁談だけでなく、係や役割、品物の選択、仕事上の希望など、身近な場面にも広げて使えます。ただし、単に「残念だった」というだけでなく、「手に入りそうなものは望まず、望むものは手に入らない」という二重の行き違いがあるときに、いちばんよく合う表現です。
「有るは厭なり、思うは成らず」の使い方




「有るは厭なり、思うは成らず」の例文
- 委員会決めで、空いている係は苦手なものばかりで、希望した係はすべて満員になり、有るは厭なり、思うは成らずとなった。
- 縁談では、すすめられた相手には気持ちが向かず、心を寄せた相手とは話がまとまらず、有るは厭なり、思うは成らずであった。
- 買い物に行くと、安く残っている服は好みに合わず、気に入った服は売り切れていて、有るは厭なり、思うは成らずと思った。
- 友人関係でも、遊びに誘ってくれる人とは予定が合わず、会いたい友人とはなかなか会えず、有るは厭なり、思うは成らずということがある。
- 会社の配属希望で、行ける部署には関心が薄く、志望した部署には空きがなく、有るは厭なり、思うは成らずの結果になった。
- 旅行の宿を選ぶとき、予約できる宿は条件に合わず、泊まりたい宿は満室で、有るは厭なり、思うは成らずを実感した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『吉原用文章』寛文年間。























