【ことわざ】
雨晴れて笠を忘る
【読み方】
あめはれてかさをわする
【意味】
苦難のときに受けた恩を、その苦難が過ぎると忘れてしまうことのたとえ。


【類義語】
・喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる)
・暑さ忘れて陰忘る(あつさわすれてかげわする)
・魚を得て筌を忘る(うおをえてうえをわする)
「雨晴れて笠を忘る」の語源・由来
このことわざは、雨が降っているときには笠が身を守ってくれるのに、雨がやんで晴れると、その笠のありがたさを忘れてしまう、という身近な場面から生まれた言い方です。ここでの笠は、雨を避けるためにかぶる雨具であり、困ったときに自分を助けてくれた人や物をたとえています。
もとのたとえはたいへん分かりやすいものです。雨の中では、笠がなければぬれてしまいます。ところが、空が晴れて雨具がいらなくなると、さっきまで役に立っていた笠を意識しなくなります。この移り変わりが、苦しみの中では人の助けを頼りながら、苦しみが過ぎるとその恩を忘れる心の動きに重ねられました。
古い用例として重要なのは、江戸時代後期の読本『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』(1814〜1842年刊、曲亭馬琴作)です。この作品は、九輯一〇六冊に及ぶ長編で、安房の里見家の興亡と八犬士の活躍を描いた伝奇小説として知られています。
『南総里見八犬伝』九には、「鄙語にいふ、雨霽て笠を忘るる愚民の身勝手」という形の用例があります。「鄙語」は世間で使われる言い方、つまりことわざのような表現を指します。ここでは、雨が晴れると笠を忘れるように、苦しい時期を過ぎると恩を忘れる身勝手さを批判する言葉として使われています。
この古い用例では、現在の「雨晴れて笠を忘る」よりも、「雨霽て笠を忘るる」と、少し違う形で出てきます。「霽」は雨や曇りが上がって晴れることを表す字で、意味の芯は現代の「晴れて」と同じ方向にあります。古い表記では「雨霽て」と書かれ、現代の説明では読みやすく「雨晴れて」と表す形が一般に定着したといえます。
この表現は、中国の古い故事に由来するものではなく、日本語の中で、雨と笠という日常の経験をもとにして、恩を忘れる人間の心をたとえたことわざです。雨の最中に笠が必要であることと、晴れたあとにそのありがたみを忘れることの対比が、現在の意味へそのままつながっています。
後には、「暑さ忘れて陰忘る」や「喉元過ぎれば熱さを忘れる」など、苦しさが過ぎると恩や苦労を忘れるという考えを表す類義のことわざと並べて用いられるようになりました。中でも「雨晴れて笠を忘る」は、受けた恩を忘れる不義理な態度に焦点があり、感謝を忘れないよう戒める言葉として使われます。
「雨晴れて笠を忘る」の使い方




「雨晴れて笠を忘る」の例文
- 祖母に世話をしてもらって受験を乗り越えたのに、合格後に礼もしないのは、雨晴れて笠を忘るというものだ。
- 仕事が忙しい時期に同僚が助けてくれたことを、落ち着いた途端に忘れるのは雨晴れて笠を忘るだ。
- けがをしたとき毎日迎えに来てくれた友人への感謝をなくしてしまえば、雨晴れて笠を忘るになってしまう。
- 資金に困った会社を支えてくれた取引先を、業績が回復してから粗末に扱うのは雨晴れて笠を忘るである。
- 避難生活で支援を受けた人々が、日常を取り戻したあとも感謝を忘れないことは、雨晴れて笠を忘るを避ける大切な心がけだ。
- 部活動で先輩に基礎を教えてもらったのに、試合に勝ったあとでその恩を忘れるのは雨晴れて笠を忘るに当たる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明編『大辞泉』小学館、1995年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・曲亭馬琴『南総里見八犬伝』1814〜1842年。























