【ことわざ】
雨は花の父母
【読み方】
あめははなのふぼ
【意味】
花は雨の恵みによって咲くということ。雨が草木を養い、花を育てる大切な力になることを表す。


【類義語】
・花の父母(はなのふぼ)
「雨は花の父母」の語源・由来
「雨は花の父母」は、雨が草木を潤し、花を咲かせる働きを、子を養う父母になぞらえたことわざです。雨そのものを不便な天気としてだけ見るのではなく、花の命を支える恵みとして見つめる表現です。基本となる考えは、「花は雨の恵みによって咲く」という意味にまとまります。
このことわざのもとには、「花の父母」という古い言い方があります。「花の父母」は、草木を潤し養うことから、雨や露を指す表現です。つまり、雨や露が土や葉を潤し、草木が花を開く力を与えるので、それを花にとっての父母のようなものと表したのです。
古い用例として、『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』(1018年ごろ成立、平安時代中期、藤原公任撰)の上巻「雨」に、紀長谷雄の句として「養ひ得ては自ら花の父母たり、洗ひ来っては寧ろ薬の君臣を弁へんや」とあります。これは、雨が草木を養えばおのずから花の父母となり、薬草を洗い潤すときにも、薬の上下を区別しない、という趣旨の句です。
ここで大切なのは、雨がただ花を濡らすだけでなく、花を「養う」ものとして表されている点です。父母という言葉は、命を生み育てる存在を思わせます。そのため「花の父母」は、雨や露が草木に与える力を、親の恵みに重ねて言い表す、あたたかい比喩になっています。
この言い方は、後の作品にも受け継がれました。江戸時代初期に刊行された光悦本の謡曲『熊野』にも、「草木は雨露のめぐみ、やしなひえては花の父母たり」という形で出てきます。ここでは、草木が雨露の恵みを受けて育つという考えが、より分かりやすい形で述べられています。
さらに、『諺苑』(1797年・江戸時代後期、太田全斎著)には、「雨は花の父母」というまとまった形のことわざとして示されています。この段階では、「花の父母」という名詞的な表現から、「雨は花の父母」という言い切りの形へ整い、雨が花を育てる恵みであることを教えることわざとして定着していたことが分かります。
現在の「雨は花の父母」も、この流れを受けています。雨は外出には困ることもありますが、草木にとっては花を開くための大切な恵みです。このことわざは、自然の働きに目を向け、目立たない支えが美しい結果を生むことを、静かに教えてくれる表現です。
「雨は花の父母」の使い方




「雨は花の父母」の例文
- 雨は花の父母というように、春の雨を受けた花壇の草花が次々に咲き始めた。
- 祖母は、庭の梅に降る雨を見て、雨は花の父母だと静かに言った。
- 遠足の日の雨は残念だったが、雨は花の父母と思えば、校庭の花にはありがたい雨だった。
- 畑の苗がしおれかけていたので、夜の雨を見て、雨は花の父母という言葉を思い出した。
- 花づくりをしている人は、晴れの日だけでなく、雨は花の父母であることもよく知っている。
- 雨は花の父母ということわざは、自然の恵みが美しい花を育てることを教えている。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1018年ごろ。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・『光悦本謡曲 熊野』江戸時代初期刊。























