【ことわざ】
青海苔の答礼に太太神楽を打つ
【読み方】
あおのりのとうれいにだいだいかぐらをうつ
【意味】
ほんのわずかな品物や親切に対して、つり合わないほど大きな返礼をすることのたとえ。


【類義語】
・青海苔貰うた礼に太々神楽を打つ(あおのりもろうたれいにだいだいかぐらをうつ)
「青海苔の答礼に太太神楽を打つ」の語源・由来
このことわざを形作るのは、同じ伊勢に結び付いた二つのものの大きな不釣り合いです。「青海苔」は伊勢の名産で、伊勢参宮の土産物でした。「太太神楽(だいだいかぐら)」は、「太々神楽」「大々神楽」とも書き、伊勢神宮へ奉納する神楽を指します。なかでも、参詣人が奉納する太神楽のうち、最も大がかりなものを表す言葉でした。
江戸時代には、伊勢への信仰が多くの人々に広まりました。御師(おんし)は、信者の願いを神前へ取り次ぎ、参宮の世話をするとともに、各地の信者を訪ねて伊勢土産を届けました。その手土産の一つが青海苔でした。小さな土産を受け取った礼に、大がかりな太々神楽を奉納するという取り合わせは、返礼の大きすぎることを鮮やかに表しました。
この取り合わせは、『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』に先立つ歌舞伎『大矢数四十七本(おおやかずしじゅうしちほん)』(1747年・延享4年・江戸時代中期)の「茶屋場」にも出てきます。そこにあった「青海苔もらうた礼に大々神楽打つようなもの」というせりふが、翌年の人形浄瑠璃へ取り入れられました。
人形浄瑠璃『仮名手本忠臣蔵』(1748年・寛延元年・江戸時代中期、二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳作)は、赤穂事件をもとにした作品です。その七段目では、寺岡平右衛門が、主君の敵討ちの仲間に加わるため、自分の命を投げ出す覚悟を示します。これに対して、大星由良之助は、平右衛門が受けていたわずかな扶持に比べて、命を捨てるのはあまりにも大きな返し方だとして、思いとどまらせようとします。
その場面には、「青海苔(アヲノリ)貰(モラ)ふた礼に、太々神楽(カグラ)を打つやうなもの」とあります。ここでは、青海苔と神楽を実際にやり取りする話ではなく、受けたものがわずかであるのに、返そうとするものが重すぎるという不釣り合いを、命をかけようとする平右衛門の姿に重ねています。
古い用例では、「青海苔貰ふた礼に、太々神楽を打つ」という形で書かれています。これに対して、「青海苔の答礼に太太神楽を打つ」という言い方では、「答礼」が相手の礼に応じて返す礼を指すため、青海苔への返礼として太太神楽を奉納するという関係が、短く示されています。また、「太太神楽」は、「太々神楽」と同じく「だいだいかぐら」と読む表記です。
このように、「青海苔の答礼に太太神楽を打つ」は、伊勢の小さな土産と大がかりな奉納の取り合わせから生まれ、江戸時代の芝居の中では、受けた恩に比べて返し方が重すぎることを表すたとえとして用いられました。現在も、ささやかな親切や贈り物に対して、相手が驚くほど大きなお礼をする場面を言い表すことわざです。
「青海苔の答礼に太太神楽を打つ」の使い方




「青海苔の答礼に太太神楽を打つ」の例文
- 一枚の写真を送っただけなのに高価な贈り物が届き、青海苔の答礼に太太神楽を打つようで恐縮した。
- 畑で採れた少しの野菜のお返しに豪華な食事へ招くのは、青海苔の答礼に太太神楽を打つようなものだ。
- 道を案内した礼に高価な商品券を渡そうとする父を、母は青海苔の答礼に太太神楽を打つことになると止めた。
- 友人のちょっとした手伝いに高級な腕時計を贈るのは、青海苔の答礼に太太神楽を打つに等しい。
- 地域の清掃を一度手伝っただけで盛大な祝宴を開かれては、青海苔の答礼に太太神楽を打つようで落ち着かない。
- 資料を一部貸した返礼に立派な品物を届けられ、彼は青海苔の答礼に太太神楽を打つほどのことではないと辞退した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2005〜2006年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳『仮名手本忠臣蔵』1748年。























