【ことわざ】
青菜は男に見せな
【読み方】
あおなはおとこにみせな
【意味】
青菜を調理すると量が大きく減ることを知らない相手に、調理前の姿を見せて疑いを招かないようにせよということ。転じて、誤解や疑いを受けそうな行動は慎むほうがよいというたとえ。


【類義語】
・つましい男に青菜見せな(つましいおとこにあおなみせな)
「青菜は男に見せな」の語源・由来
「青菜」は、新鮮な蔬菜(そさい:食用にする野菜)を指す言葉です。このことわざでは、とくに、生のときにはかさが多く、ゆでたり煮たりすると分量が大きく減る葉物の野菜を表しています。
もとになったのは、台所で青菜を調理する身近な場面です。生の青菜は、ざるや鍋いっぱいに盛られるほど多く見えても、火を通すとしんなりとして、でき上がりの量はずっと少なくなります。
この変化を知らない人が、調理前のたっぷりとした青菜を見たあとで、食卓に出された少ない分量だけを見ると、「あれほどあった青菜を、どこへやったのか」と疑うことがあります。そこで、余計な疑いを招かないために、調理前の青菜は見せないほうがよい、という戒めになりました。
このことわざの「男」は、炊事の事情を知らない相手として描かれています。日々の調理に携わる者には当たり前の青菜の変化も、その過程を知らない者には、量が不自然に減ったように受け取られかねない、という生活の中の行き違いを表しています。
対象語の末尾にある「見せな」は、この言い方では「見せるな」という禁制の意味を表します。「青菜は男に見せるな」という形も用いられ、いずれも、調理前の青菜を見せて無用の疑いを生じさせないようにせよ、という内容を伝えています。
また、「つましい男に青菜見せな」という形も伝わっています。「つましい」と加える形では、食材の分量や使い方を細かく気にする相手が、調理後の減り方を見て不審に思う場面が、いっそうはっきりと表されます。
この言い方は、中国古典の人物や出来事を語る形ではなく、青菜をゆでると量が減るという、暮らしの中で繰り返し経験される事実をもとにしています。料理の過程を知らない人には、正当な変化であっても不審に思われることがあるため、疑いを招くきっかけそのものを避けよ、という教えになっています。
そのため、意味は青菜の調理だけに限られません。事情を知らない人に、作業の途中や変化する前の姿だけを見せれば、あとで結果を見たときに、隠したり減らしたりしたのではないかと誤解されることがあります。そこから、疑われそうな行動は初めから慎むほうがよい、という広い意味でも用いられることわざとなっています。
「青菜は男に見せな」の使い方




「青菜は男に見せな」の例文
- 祖母は、ゆでる前のほうれん草を父に見せると出来上がりの少なさを不思議がられると言い、青菜は男に見せなを口にした。
- 大量の小松菜を煮びたしにすると小鉢一つ分になり、母は青菜は男に見せなとはよく言ったものだと笑った。
- 料理に慣れていない兄が、ゆでた青菜の量を見て驚いたので、姉は青菜は男に見せなということわざを教えた。
- 下ごしらえの途中だけを見た相手に材料を減らしたと疑われ、彼女は青菜は男に見せなの教えを思い出した。
- 準備中の品物を先に見せたため、完成後の数を誤解され、担当者は青菜は男に見せなだと反省した。
- 会計の途中の数字だけを示して無用な疑念を招くのは、青菜は男に見せなに通じる行いである。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・平野雅章『食物ことわざ事典』文藝春秋、1978年。























