【故事成語】
蟻の穴から堤も崩れる
【読み方】
ありのあなからつつみもくずれる
【意味】
ほんのわずかな油断や不注意がもとで、大きな失敗や問題を招くことのたとえ。


【英語】
・A small leak will sink a great ship(小さな漏れが大きな船を沈める)
【類義語】
・千丈の堤も蟻の一穴より崩れる(せんじょうのつつみもありのいっけつよりくずれる)
・大山も蟻穴より崩る(たいざんもぎけつよりくずる)
・浅き川も深く渡れ(あさきかわもふかくわたれ)
・油断大敵(ゆだんたいてき)
「蟻の穴から堤も崩れる」の故事
この故事成語のもとになったのは、中国の思想書『韓非子(かんぴし)』の「喩老」に出てくる一節です。『韓非子』は二十巻五十五編から成る書物で、韓非の思想やその一派の文章を収め、法によって国を治める考えを説いています。
「喩老」では、形のある大きな物事も、初めは小さいところから起こると述べています。その流れの中で、「天下之難事必作於易、天下之大事必作於細」といい、むずかしい問題や大きな事件も、はじめは扱いやすい小さなところから始まると示しています。
続いて、「千丈之堤,以螻蟻之穴潰」とあります。これは、千丈もある大きな堤でも、螻蟻(ろうぎ)、つまりけらや蟻のあけた小さな穴によって崩れる、という意味です。堤そのものは大きく丈夫でも、そこにごく小さな弱点が生まれれば、水が入り、しだいに大きな破れにつながります。
同じ箇所には、「百尺之室,以突隙之煙焚」ともあります。百尺もある立派な家でも、煙の通るわずかなすき間が火のもとになれば焼けてしまう、というたとえです。ここでは、水害も火災も、はじめの小さな不備をふさいでおけば避けられるものとして並べられています。
さらに「喩老」では、白圭が堤を見回るときに穴をふさぎ、火を用いる人がすき間を塗って火事を防いだことが述べられています。これは、問題がまだ小さいうちに手を打つことこそ、大きな災いを遠ざける道だという教えです。
同じ段には、名医の扁鵲(へんじゃく)が蔡桓公の病を早い段階で治すよう勧めたのに、桓公が聞き入れず、病が深くなってついに亡くなる話も続いています。堤の穴、火のすき間、病の初めを重ねて、小さな兆しを見逃さないことの大切さを説いているのです。
日本語では、もとの漢文に近い「千丈の堤も蟻穴より崩るる」や「千丈の堤も蟻の一穴より崩れる」という形が使われました。この形は、もとの「千丈」「螻蟻」といった漢文らしい言い方を残しており、「蟻の穴から堤も崩れる」は、その内容をより日常的に言い表した異形として受け継がれています。
「蟻の穴から堤も崩れる」という形の古い用例としては、『丹波与作待夜の小室節』(1707年ごろ・江戸時代中期、近松門左衛門作)に「ありのあなからつつみもくづれる」と出てきます。この作品は浄瑠璃の世話物で、親子の別れや恋をからめた物語の中で、この言い回しが用いられています。
もとの漢文では、国家や政治のような大きな問題も、小さな乱れから始まるという戒めが強く出ています。日本語として定着した「蟻の穴から堤も崩れる」は、その考えを、日常生活の失敗や仕事上の不備にも広げて表す言葉になりました。小さなことを軽んじない心が、この故事成語の大切な芯になっています。
「蟻の穴から堤も崩れる」の使い方




「蟻の穴から堤も崩れる」の例文
- 蟻の穴から堤も崩れるというから、見積書の小さな計算違いもその日のうちに直した。
- 部品のわずかな緩みを見つけた作業員は、蟻の穴から堤も崩れると考えて機械を止めた。
- 連絡先の一字の誤りを放っておいたため、蟻の穴から堤も崩れるように案内が届かなかった。
- 班の発表資料では、出典の一か所の記入漏れも蟻の穴から堤も崩れる原因になりかねない。
- パスワードの管理を一人だけ軽く見たため、蟻の穴から堤も崩れる形で会社全体の情報が危険にさらされた。
- 家の小さな水もれを早めに直したのは、蟻の穴から堤も崩れることを父がよく知っていたからだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『韓非子』。
・近松門左衛門『丹波与作待夜の小室節』1707年ごろ。























