【ことわざ】
家鴨の鴨の気位
【読み方】
あひるのかものきぐらい
【意味】
大した実力や値打ちがないのに、気位ばかり高いこと。見かけや中身に見合わない高慢さを、家鴨と鴨の対比でたとえた言い方。


【英語】
・put on airs(自分が人より上だというように気取ってふるまう)
【類義語】
・夜郎自大(やろうじだい)
・高慢ちき(こうまんちき)
・身の程知らず(みのほどしらず)
【対義語】
・実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほどこうべをたれるいなほかな)
・能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす)
「家鴨の鴨の気位」の語源・由来
「家鴨の鴨の気位」は、家鴨を鴨の仲間と見ながらも、そこに「鴨ほどでもないのに鴨らしい気位だけは持つ」という皮肉を重ねたことわざです。「家鴨」は、マガモを飼いならして作られた家禽で、足が短く、不格好な姿で、飛べない鳥として説明されます。さらに、背が低く尻が大きい人をあざける言葉としても使われました。
一方の「鴨」は、カモ科の比較的小形の水鳥の総称で、一般に雄の羽色が美しいとされ、またアヒルに対して野生の鴨という言い方もあります。つまり、このことわざでは、身近で少し滑稽に扱われやすい家鴨と、自然の水鳥としての鴨とが並べられています。
「気位」は、他人と比べて自分の方が上だと考え、その品位を保とうとする気持ちを指します。したがって、「鴨の気位」とは、ただの誇りではなく、自分を高く置こうとする態度を含んだ言い方です。
このことわざの形には、「家鴨の鴨の気位」と「家鴨も鴨の気位」の二つがあります。「家鴨も鴨の気位」は、「それほどでもない者が、高い気位を持っていること」のたとえとされ、姿のよくない家鴨が鴨の気位を持つことから来た言い方です。
家鴨は、古い日本語の中でも、しばしば人の姿やふるまいを笑いの対象にする比喩として使われました。室町時代末から近世初めごろの狂言『縄綯』には、「あひるのありく様」と、歩き方を家鴨にたとえる表現が出てきます。また、江戸時代の雑俳にも、家鴨を人の姿のたとえにした用例があります。
さらに、「家鴨の脚絆」という別の言い方にも、家鴨の足が短いことや、身につけても似合わないものをめぐる発想が表れています。江戸時代後期の雑俳『柳多留』にも、その形の用例があります。家鴨は、ことわざや雑俳の世界で、格好の悪さ、短さ、似合わなさを示す身近な鳥として扱われてきました。
こうした背景の上に、「家鴨の鴨の気位」は、外見や実力に見合わない高慢さを表す言い方としてまとまったと考えられます。家鴨そのものを笑うだけでなく、人間の態度に移して、「中身が伴わないのに、気位だけが高い」という戒めとして働くのが、このことわざの現在の意味です。
ただし、このことわざには、人の姿をあざける古い感覚が残っています。現代では、相手に直接ぶつけると強い皮肉や悪口になりやすいため、人物評や文章の中で慎重に使う言葉です。
「家鴨の鴨の気位」の使い方




「家鴨の鴨の気位」の例文
- 一度小さな賞を取っただけで仲間を見下すのは、家鴨の鴨の気位というものだ。
- 練習を休みがちな選手が先輩に偉そうに指示する姿は、家鴨の鴨の気位に映った。
- 資料をろくに読まずに専門家のような顔をするのは、家鴨の鴨の気位と言われても仕方がない。
- 店を任されたばかりで売上も出していないのに威張る彼には、家鴨の鴨の気位が感じられる。
- 料理の基本も知らないまま名人ぶる態度は、家鴨の鴨の気位そのものだった。
- 周囲の助けを忘れて自分だけが偉いと思い込むと、家鴨の鴨の気位になってしまう。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























