【ことわざ】
朝題目に宵念仏
【読み方】
あさだいもくによいねんぶつ
【意味】
しっかりした考えがなく、その場その場で意見やよりどころを変えることのたとえ。


【英語】
・have no fixed opinion(しっかりした考えをもたない)
・be inconsistent in one’s views(考えに一貫性がない)
・blow hot and cold(ああ言ったりこう言ったりする)
【類義語】
・朝題目に夕念仏(あさだいもくにゆうねんぶつ)
・朝令暮改(ちょうれいぼかい)
・付和雷同(ふわらいどう)
【対義語】
・首尾一貫(しゅびいっかん)
・終始一貫(しゅうしいっかん)
・初志貫徹(しょしかんてつ)
「朝題目に宵念仏」の語源・由来
このことわざは、もともと天台宗で、朝に法華懺法(ほっけせんぼう)を行い、宵に念仏の勤行をすることを指した言い方です。そこから転じて、考えや立場が定まらないことをいうたとえになりました。
朝題目の「題目」は、ここでは天台宗で朝に行う法華懺法のことです。法華懺法は、法華経を読んで罪や過ちを悔い、心を正そうとする儀式です。
一方の「宵念仏」は、夕方から夜にかけての念仏の勤行をいいます。天台宗には、夕方の定まった時刻に阿弥陀経を読誦し、念仏を唱える例時作法(れいじさほう)がありました。
つまり、この言葉の出発点には、朝は法華経、夕方は念仏という一日の二つの勤めがあります。もとは実際の宗教生活を表す言い方で、はじめから人を悪く言うためだけのことばだったと決めつける必要はありません。
ただ、朝と夕で寄って立つものが違って見えるため、この組み合わせはしだいに比ゆとして受け取られるようになりました。そこから、自分のよりどころが定まらず、その時々で考えを変える人を指す言い方へ広がっていったのです。
このことわざの古い用例として、1773年(安永2年・江戸時代中期)に初演された浄瑠璃『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』の下巻が確かめられます。そこでこの言い方は、すでにたとえとして通じる形で使われていました。
『摂州合邦辻』は、菅専助(すがせんすけ)と若竹笛躬(わかたけふえみ)の合作として伝わる作品です。1773年(安永2年・江戸時代中期)の刊本も残っており、この時期にはこのことばが十分に理解されていたことがうかがえます。
また、「朝題目に夕念仏」という形も並んで伝わっています。意味はほぼ同じで、「宵」を「夕」に言いかえた形と考えてよいでしょう。
このことわざがおもしろいのは、宗教の勤行という具体的な暮らしの場面から、人の態度や考え方を表すたとえへと広がったところです。もとの場面がはっきりしているので、朝と夕で言うことが変わるような落ち着かなさが、今でも生き生きと伝わります。
そのため、「朝題目に宵念仏」は、ただ知識が広い人や、いろいろな考えにふれる人をほめる言葉ではありません。自分の考えが定まらず、その場の流れで立場を変える人を指すところに、このことわざの大事な意味があります。
「朝題目に宵念仏」の使い方




「朝題目に宵念仏」の例文
- 会議で賛成と反対をたびたび入れ替える彼の態度は、朝題目に宵念仏というほかない。
- 進学先の希望を周囲の意見ごとに変えるのは、朝題目に宵念仏のそしりを免れない。
- 会社の方針が毎週のように変わるようでは、朝題目に宵念仏だと社員に受け取られる。
- 選挙のたびに主張を変える候補者を、町の人は朝題目に宵念仏だと見ていた。
- 習い事を決めるたびに友だちの真似をするだけでは、朝題目に宵念仏になりやすい。
- 商談の場で相手ごとに約束を変えるのは、朝題目に宵念仏で信用を失うもとになる。























