【ことわざ】
愛立てないは祖母育ち
【読み方】
あいだてないはばばそだち
【意味】
祖母に甘やかされて育った子どもは、遠慮や礼儀を欠き、わがままになりやすいということ。甘やかしすぎる育て方を戒める言葉。


【類義語】
・祖母育ちは三百安い(ばばそだちはさんびゃくやすい)
「愛立てないは祖母育ち」の語源・由来
「愛立てないは祖母育ち」は、祖母が孫をかわいがるあまり、礼儀や節度を教えることがおろそかになると、子どもが無遠慮でわがままになりやすい、という戒めを表すことわざです。前半の「あいだてない」は、無作法である、ぶしつけである、分別がないなどの意味を表す古い言い方です。
「あいだてない」に先立つ形として、「あいだちなし」があります。『源氏物語(げんじものがたり)』(11世紀初め成立、平安時代中期、紫式部著)では、「蛍」の巻に、おもしろみがない、無愛想であるという意味の用例があり、「宿木」の巻には、遠慮がない、ぶしつけであるという意味の用例があります。
この「あいだちなし」の成り立ちには、「愛立つことなし」と結び付ける説と、「あひだち(間立ち)」、すなわち人との間の隔たりに結び付ける説があります。そのため、現在の「愛立てない」という表記だけから語源を一つに定めるのではなく、相手への遠慮やわきまえを欠くことを表す言葉の流れとして理解するのが適切です。
室町時代には、「あいたてない」に近い形が、度の過ぎたふるまいを表す言葉として用いられています。『漢書列伝竺桃抄(かんじょれつでんじくとうしょう)』(1458~1460年成立、室町時代)には「あいたてなさ」という形が出てきて、抑えがきかず、むやみに度を越しているという意味で使われています。
「あいだてない」と「祖母育ち」とが近く結び付く古い用例は、『季吟十会集(きぎんじっかいしゅう)』(1672年・江戸時代前期、北村季吟編)にあります。そこには、「男山われもむかしは姥そだち」に続けて、「あいたてなくもそれるさかやき」と詠まれており、祖母に育てられたことと、わきまえのないふるまいとが、一続きの表現として現れています。
江戸時代に入ると、「あいだてない」は、人づきあいの中での無遠慮さや、育て方によって残るわがままさを表すようになります。『沖津白波(おきつしらなみ)』(1702年・江戸時代前期、都の錦著)では、ぶしつけで遠慮のないふるまいを表し、『商人軍配団(あきんどぐんばいうちわ)』(1712年ごろ・江戸時代中期、江島其磧著)では、娘が「あいたてなく」育ち、世事にうといという文脈で用いられています。
さらに、『世間娘容気(せけんむすめかたぎ)』(1717年・江戸時代中期、江島其磧著)には、父母に「あいたてなく」育てられた嫁が、幼いころの調子を改めないという趣旨の記述があります。ここでは、「あいだてない」が、単に遠慮のない性質を指すだけでなく、過度にかわいがられて育ったために、幼いふるまいを残していることまで表す言葉となっています。
一方、「祖母育ち」を甘やかしと結び付ける近いことわざには、「祖母育ちは三百やす」があります。その略である「三百安(さんびゃくやす)」は、『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(江戸時代後期、太田全斎編)に記録されており、「少し安っぽい」という比喩によって、甘やかされて育った人のふるまいを戒める言葉となっています。
このように、「愛立てないは祖母育ち」は、遠慮や分別を欠くことを表す古い「あいだてない」の流れと、祖母の行き過ぎた甘やかしを戒める言い回しの流れとが重なって定着したことわざです。祖母に育てられた人を一律に決め付けるための言葉ではなく、愛情を注ぐときにも、礼儀や自立を育てる導きを忘れてはならないという戒めを伝える言葉です。
「愛立てないは祖母育ち」の使い方




「愛立てないは祖母育ち」の例文
- 祖母が孫の欲しがる物を何でも与えるのを見て、父は愛立てないは祖母育ちにならぬよう、我慢も教えようと話した。
- 来客用の菓子を断りなく独り占めした子を前に、母は愛立てないは祖母育ちという戒めを思い出した。
- 祭りの列に割り込む孫を注意せずに通すなら、愛立てないは祖母育ちのそしりを招きかねない。
- 孫を深くかわいがりながらも礼儀を厳しく教えた祖母は、愛立てないは祖母育ちと言われぬ育て方を貫いた。
- 身内だからと新人の失礼を見逃せば、愛立てないは祖母育ちと同じ甘やかしになると、社長は戒めた。
- 子どもの言い分を何でも通そうとする親に、祖父は愛立てないは祖母育ちという古い戒めを語った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005~2006年。
・紫式部『源氏物語』11世紀初め成立。
・『漢書列伝竺桃抄』1458~1460年成立。
・北村季吟編『季吟十会集』1672年。
・都の錦『沖津白波』1702年。
・江島其磧『商人軍配団』1712年ごろ。
・江島其磧『世間娘容気』1717年。
・太田全斎編『俚言集覧』江戸時代後期。























