【ことわざ】
商人の元値
【読み方】
あきんどのもとね
【意味】
商人の言う元値には駆け引きが多く、そのまま信用しがたいこと。売る側の「これでは損になる」という言葉を、額面どおりに受け取らないほうがよいというたとえ。


【英語】
・caveat emptor.(買い手は用心せよ)
【類義語】
・商人は損していつか倉が建つ(あきんどはそんしていつかくらがたつ)
「商人の元値」の語源・由来
「商人の元値」は、商売の場で、売る側が「これ以上安くすると元値が切れる」と言って、客に買わせようとする言葉から生まれたことわざです。ここでいう「元値」は、商品の仕入れ値段、または生産原価を指します。
「元値」は、古くは「元直」とも書かれました。江戸時代前期の狂歌(きょうか:しゃれや風刺をきかせた短歌)『狂歌之詠草』(1654年)には、「もとねにもまはりかねたる」という形の用例があり、仕入れ値やもとの値段を意識する言葉として使われていました。
このことわざで重要なのは、「元値」そのものよりも、「元値が切れる」という言い回しです。「元が切れる」は、原価より安い価格になって損失が出ることを表します。
江戸時代後期の滑稽本(こっけいぼん)『浮世風呂』(1809〜1813年・江戸時代後期、式亭三馬作)には、「三文本(モト)が切れちゃア、おかげはねへ」という用例があります。これは、わずかな値でも原価を割ってしまえば利益にならない、という町人の口ぶりを伝えるものです。
『浮世風呂』は、銭湯に集まる江戸庶民の会話を通して、当時の暮らしやものの言い方を描いた作品です。そのため、「元が切れる」という言い回しは、机上の商業用語ではなく、日常の売り買いの中で使われる生活語として受け取れます。
また、近世の商売では、値引き交渉を前提に、はじめから実際より高い値段をつける「掛け値」という慣行がありました。「掛値」は、実際の売り値より高く言うこと、また、その高くつけた値段を意味します。
近世の呉服販売では、客の知識や交渉力によって、値段が分かりにくくなることがありました。三井の「現金・掛け値なし」という商法は、値引き交渉を前提に高くつける慣行を改め、どの客にも同じ値段で売る工夫として広まりました。
このような商売の背景をふまえると、「商人の元値」は、商人が本当に原価ぎりぎりで売っているかどうかは、外からは分かりにくいという経験から出た言葉です。「これでは元値が切れる」という言葉が、客に決断を促すための言い回しとして使われることがあったのです。
ただし、このことわざは、すべての商人を悪く決めつけるためだけの言葉ではありません。売り手と買い手のあいだでは、値段をめぐる言葉に立場の違いが出やすいため、聞いた話をそのまま信じず、品物や相場をよく見ることが大切だという戒めでもあります。
現在では、買い物や契約だけでなく、相手が自分に有利な言い方をしている場面にも広げて使われます。つまり「商人の元値」は、値段をめぐる駆け引きから生まれ、相手の言葉を慎重に受け止める知恵として定着したことわざです。
「商人の元値」の使い方




「商人の元値」の例文
- 閉店セールで店員が原価割れだと強調していたが、父は商人の元値と思って他店の価格を確かめた。
- 中古の自転車を買うとき、売り主のこれ以上は下げられないという言葉を商人の元値と見て、状態をよく調べた。
- 観光地の土産物店で特別価格だとすすめられても、商人の元値を思い出してすぐには買わなかった。
- 会社の仕入れ交渉では、相手の原価ぎりぎりという説明を商人の元値として受け止め、見積もりを比較した。
- 母は市場で魚を買うとき、店の人の泣き言を商人の元値と考え、品質と値段の両方を見て決めた。
- 高い教材をすすめられた兄は、販売員の今だけの値引きという言葉を商人の元値と判断し、家族と相談してから返事をした。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・式亭三馬『浮世風呂』1809〜1813年。
・三井文庫『三井のあゆみ 04「現金掛け値なし」』公益財団法人三井文庫。























