【ことわざ】
秋の鹿は笛に寄る
【読み方】
あきのしかはふえによる
【意味】
恋や強い欲のために自分から危険へ近づき、身を損なうことのたとえ。また、弱みにつけ込まれて利用されやすいことのたとえ。


【類義語】
・妻恋う鹿は笛に寄る(つまこうしかはふえによる)
「秋の鹿は笛に寄る」の語源・由来
このことわざのもとにあるのは、秋の鹿と、鹿を誘い寄せる笛との取り合わせです。鹿笛(しかぶえ・ししぶえ)は、猟師が鹿を誘い寄せるために吹く、鹿の鳴き声に似せた笛を指します。
秋は鹿の繁殖期にあたり、相手を求める気持ちの強い鹿は、鳴き声に似せた笛にも引き寄せられます。人に捕らえられる危険があるにもかかわらず、求める心に動かされて近寄る姿が、人間の恋心や弱みのたとえになりました。
古い表れとして大切なのが、『徒然草(つれづれぐさ)』(1330〜1331年ごろ成立・鎌倉時代末期、吉田兼好著)第九段です。この段には、「女のはける足駄にて作れる笛には、秋の鹿必ず寄る」とあります。
『徒然草』第九段は、人の心をとらえて離さない情欲の強さを述べる文章です。そこでは、女の髪筋をよった綱に大きな象もつながれるというたとえに続いて、秋の鹿が笛に寄るという話が置かれ、恋の迷いが、人を抗いにくい力で引き寄せることを表しています。
この一節で重要なのは、単に鹿の習性を語っているのではなく、鹿が笛に寄る姿を、人の心が恋に引かれる姿に重ねていることです。また、「言ひ伝へ侍る」と書かれているため、兼好はこのたとえを、すでに語り伝えられていたものとして用いています。
南北朝時代ごろに成立した『曾我物語(そがものがたり)』(作者不詳)巻六にも、これに近い言い回しが出てきます。そこでは、夏の虫が火へ飛び入ることと、秋の鹿が笛によって心を乱し、身をむなしくしてしまうこととを並べ、身分の高い者も低い者も、恋の道には抗いにくいという文脈で語っています。
『徒然草』では「秋の鹿必ず寄る」と、笛に近づく行動がはっきりと書かれています。一方、『曾我物語』では「秋の鹿の、ふゑに心をみだし」と、心が乱れて身を損なうところまでが前面に出ており、現在の「恋や弱みのために危険へ進む」という意味に、いっそう近い形になっています。
江戸時代前期の『好色訓蒙図彙(こうしょくきんもうずい)』(1686年、吉田半兵衛画)の序にも、「秋の鹿、笛により」という形の用例が伝わっています。中世の文章にあった長い言い回しが、近世には、「秋の鹿」と「笛に寄る」とを結び付けた、短く印象的な表現として用いられていたことが分かります。
古い文献では、笛に引かれる鹿を、恋に心を乱す者の姿として語る用法が中心でした。そこから、恋のために身を危うくすることだけでなく、欲望や弱点を相手に知られ、その弱みを利用されることまで表すようになりました。
鹿笛に寄る鹿については、雄鹿が雌鹿の鳴き声に似た笛へ近寄るとする説明と、牝鹿が牡鹿の鳴き声と思って心を乱すという説明があります。しかし、どちらも、相手を求める思いにつけ込まれ、危険へ引き寄せられるというたとえの芯は共通しています。
このように、「秋の鹿は笛に寄る」は、秋の鹿が笛に引かれて近寄る姿を通して、強い思いのために警戒を失う人間の危うさを表したことわざです。心を引かれるものほど慎重に見極めなければならないという戒めが、古くから現代まで受け継がれています。
「秋の鹿は笛に寄る」の使い方




「秋の鹿は笛に寄る」の例文
- 高価な景品に目がくらみ、怪しい申し込みに個人情報を渡した彼の失敗は、まさに秋の鹿は笛に寄るであった。
- 甘い誘い文句に心を奪われて不正な取引へ踏み込んだ経営者は、秋の鹿は笛に寄るの戒めを忘れていた。
- 憧れていた人からの頼みだからと、危険な約束まで受け入れた若者の姿は、秋の鹿は笛に寄るというほかない。
- 限定品が手に入るという知らせに浮かれて偽の販売サイトへ送金した兄は、秋の鹿は笛に寄るの例となった。
- 昇進をちらつかされて不正への協力を承知した社員は、秋の鹿は笛に寄るように弱みを利用された。
- うまい投資話に欲を刺激され、財産を失った人々の被害は、秋の鹿は笛に寄るということわざの重みを物語る。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・吉田兼好『徒然草』1330〜1331年ごろ成立。
・『曾我物語』南北朝時代ごろ成立。
・『好色訓蒙図彙』1686年。























