【故事成語】
骸骨を乞う
【読み方】
がいこつをこう
【意味】
官職や役目を退きたいと願い出ること。主に、主君や上位者に対して辞職・退官を申し出る意。


【英語】
・to request permission to resign.(辞職の許可を願い出る)
・to request permission to retire from service.(職を退く許可を願い出る)
【類義語】
・致仕を乞う(ちしをこう)
・身を退く(みをひく)
・退く(しりぞく)
【対義語】
・仕官(しかん)
・任官(にんかん)
「骸骨を乞う」の故事
『晏子春秋(あんししゅんじゅう)』は、中国春秋時代の斉(せい)の宰相・晏嬰(あんえい)の言行を集めた書物です。現行本は内篇と外篇に分かれ、政治をめぐる問答や説話を多く伝えています。
この言葉のもととしてよく挙げられるのは、晏嬰が東阿(とうあ)を治めた話です。晏嬰が東阿を三年治めると、主君はその政治が乱れているとして責めました。そこで晏嬰は、やり方を改めてもう一度治め、うまくいかなければ死を願うと申し出ます。翌年、主君は晏嬰の政治をほめて迎えました。
しかし晏嬰は、そのほめ言葉をそのまま受け取りませんでした。以前は、口利きや賄賂を通さず、池や川の魚の利益を貧しい人に行き渡らせたので、民の中に飢える者がなかったのに、主君は晏嬰を罪としました。ところが、次に口利きと賄賂を通し、重い税を取り、魚の利益を有力者へ回すと、飢える者が半ばを超えたにもかかわらず、主君は晏嬰をほめました。
そこで晏嬰は、自分はもう東阿を治めることができないとして、「願乞骸骨、避賢者之路」、つまり、残った身を返してもらい、すぐれた人に道を譲りたいと願い出ました。「骸骨」は、主君に身をささげて仕えた後に残った骨という、たいへんへりくだった表現です。ここから「骸骨を乞う」は、官を退くことを主君に願い出る言い方として用いられるようになりました。
この言い方は、『晏子春秋』だけにとどまりません。『史記(しき)』の項羽本紀には、范増が項羽に疑われて権限を削られ、「願賜骸骨歸卒伍」と述べ、もとの兵卒の列へ帰りたいと願った場面が出てきます。また、『漢書(かんじょ)』の趙充国伝にも「充國乞骸骨」とあり、退官を申し出た趙充国に安車と四頭立ての馬、黄金が与えられ、官を辞して邸に戻ったことが記されています。
表記や言い回しには、「骸骨を乞う」のほかに「骸骨を賜る」という形もあります。また、「乞う」は「請う」と書くこともあり、願い出るという意味をもつ字によって、退く許しを求める発想を表しています。
日本語の古い用例としては、『続日本紀』(797年成立)神亀五年(728)八月甲午条に、守部連大隅が上書して「乞骸骨」と願い出たものの、ねんごろな詔によって許されなかったという記事が出てきます。これは、中国古典の官人の言い回しが、日本の律令国家の公的な文章にも取り入れられていたことを示します。
こうして「骸骨を乞う」は、単に「辞める」と言うよりも、長く仕えた人が、礼を尽くして退くことを願う重い表現として定着しました。現在の語義も、この「主君へ差し出した身の残りを返してもらう」というへりくだった発想につながっています。
「骸骨を乞う」の使い方




「骸骨を乞う」の例文
- 老いた大臣が王に骸骨を乞う場面は、長年の奉公の終わりを静かに示す。
- 病を得た将軍は、これ以上軍務を担えないとして骸骨を乞う決意を固めた。
- 忠臣が骸骨を乞う願いを出したのは、主君を見限るためではなく、次の人に道を譲るためだった。
- 歴史小説では、重臣が政争から身を引く場面で骸骨を乞うという表現が使われることがある。
- 長く会社を支えた会長の退任を、古風に骸骨を乞うことになぞらえて語った。
- 若い世代に任せたいと考えた老臣は、静かに骸骨を乞う文を差し出した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・『晏子春秋』。
・司馬遷『史記』前漢。
・班固『漢書』後漢。
・菅野真道・藤原継縄ほか撰『続日本紀』797年。























