【故事成語】
義を見てせざるは勇無きなり
【読み方】
ぎをみてせざるはゆうなきなり
【意味】
人として行うべき正しいことを知りながら実行しないのは、勇気がないということ。


【英語】
・To see what is right and not to do it is want of courage.(正しいことを知りながら行わないのは、勇気がないということ)
「義を見てせざるは勇無きなり」の故事
この言葉の出典は、『論語(ろんご)』「為政(いせい)」第二十四章です。『論語』は、古代中国の思想家である孔子の言葉や行い、弟子たちとの問答を集めた全二十篇の書物で、孔子の死後、門人たちの記録をもとに、後世の弟子たちがまとめたと考えられています。
原文には、「子曰、非其鬼而祭之、諂也。見義不為、無勇也」とあります。前半は、自分が祭るべきでない霊を祭るのは、相手に気に入られようとするへつらいである、という意味です。
これに続いて孔子は、「義を見て為(な)さざるは、勇無きなり」と述べています。人として行うべき正しい道が目の前に示されているのに、それを実行しないのは、勇気が欠けているという教えです。
ここでいう「義」は、個人の好みや都合ではなく、人として踏み行うべき正しい道や、道理にかなった行いを指します。また、「勇」は、腕力の強さや向こう見ずな大胆さではなく、恐れや不利益があっても、正しいことを実行する心の強さを表します。
この言葉では、「勇」よりも先に「義」が置かれています。そのため、危険を顧みずに何でも行えばよいという教えではなく、まず何が正しいかを見定め、そのうえで行動する勇気を求めているといえます。
漢文の「見義不為、無勇也」は、日本では「義を見て為さざるは、勇無きなり」と訓読されました。「為さざる」の「為す」は「行う」という意味で、現在では、同じ意味をもつ「せざる」を用いた「義を見てせざるは勇無きなり」という形も広く使われています。
日本語の古い用例としては、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、作者未詳)巻第四に、この言葉が出てきます。『太平記』は、後醍醐天皇の時代から南北朝時代にかけての争乱を描いた、全四十巻の軍記物語です。
この場面では、児島高徳(こじまたかのり)が、隠岐国(おきのくに)へ流される後醍醐天皇を救い出そうとします。高徳は一族を集め、「見義不為無勇」と心を奮い立たせ、天皇の一行を待ち受けて奪い返し、たとえ戦場で命を落としても、名を後世に残そうと決意します。
この用例では、「義を知っているだけでは足りず、危険を恐れず実行しなければならない」という教えが、人物の決断を促す言葉として使われています。中国古典の一節が、中世の日本では、正しいと信じた行動へ踏み出すための戒めとして受け入れられていたことが分かります。
近代以降も、困っている人を助ける場面や、正しい行いをためらう自分を励ます場面で用いられてきました。現在では、いじめや不正を見過ごさないときや、危険に気づいて人へ知らせるときなど、なすべきことを理解しながら迷っている人に、行動する勇気を促す表現として使われています。
「義を見てせざるは勇無きなり」の使い方




「義を見てせざるは勇無きなり」の例文
- いじめを見過ごさず先生へ知らせた彼の行動は、義を見てせざるは勇無きなりという教えにかなっている。
- 倒れている人を見つけた彼女は、義を見てせざるは勇無きなりと自分を励まし、救急車を呼んだ。
- 不正な会計に気づいた社員は、義を見てせざるは勇無きなりと考え、責任者に事実を報告した。
- 危険な通学路を放置せず、義を見てせざるは勇無きなりの心で市役所へ連絡した。
- 友人が誤解されて責められていたため、彼は義を見てせざるは勇無きなりと勇気を出して事実を話した。
- 避難所で困っている人を見過ごさず、義を見てせざるは勇無きなりを胸に必要な手助けを申し出た。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』。
・『太平記』14世紀後半成立。























