【ことわざ】
木七竹八塀十郎
【読み方】
きしちたけはちへいじゅうろう
【意味】
木は陰暦七月、竹は陰暦八月に切り、土塀は十月に塗るのがよいということ。物事には、それぞれにふさわしい時期があることのたとえ。


【英語】
・timing is everything.(時期を選ぶことが大切である)
【類義語】
・木六竹八塀十郎(きろくたけはちへいじゅうろう)
・竹八月に木六月(たけはちがつにきろくがつ)
・時宜を得る(じぎをえる)
【対義語】
・時機を失する(じきをしっする)
「木七竹八塀十郎」の語源・由来
「木七竹八塀十郎」は、木を切る時期、竹を切る時期、土塀を塗る時期を、覚えやすい語調にまとめたことわざです。木は七月、竹は八月、塀は十月がよいという生活の知恵を、まるで人名のように言い表しています。
ここでいう月は、現在ふつうに使う新暦ではなく、陰暦を指します。旧暦の季節感は現在の暦と一、二か月ほどずれることがあるため、このことわざを読むときには、昔の暦にもとづく言い方として受け取る必要があります。
「木七」は、木を陰暦七月に切るのがよいという意味です。木材は、切る時期によって水分や乾き方に違いが出るため、昔の人々は、建物や道具に使いやすい時期を経験から大切にしてきました。
「竹八」は、竹を陰暦八月に切るのがよいという意味です。近い言い方に「竹八月に木六月」があり、竹は八月に、木は六月に伐るのが最もよいという意味で伝わっています。
「塀十郎」は、土塀を十月に塗るのがよいという意味です。土塀は、塗ったあとによく乾くことが大切なので、乾燥した十月がよいという考えがこめられています。
このことわざには、「木六竹八塀十郎」という形もあります。こちらは、木は陰暦六月、竹は八月、土塀は十月がよいという意味を、人の名前のように言いなした表現です。
また、「木六竹八」は「木七竹八塀十郎」を見よとする形で扱われることがあり、「竹八月に木六月」という別の言い方も並んで伝えられています。木を六とする形、七とする形がありながら、竹は八、塀は十という大筋の考えは共通しています。
古い関連表現として、「竹八月に木六月」は『宝永落書』(十八世紀前ごろ・江戸時代中期)に用例があります。「人は謂ふ竹は八月木六月美濃が腹をば今がきりどき」とあり、竹や木を切るのによい時期をいう言い方が、江戸時代にはすでに知られていたことが分かります。
「木七竹八塀十郎」の特徴は、単に月を並べるだけでなく、「塀十郎」という人名らしい音にして、口にしやすく覚えやすい形にした点にあります。作業の時期を忘れないための、暮らしに根ざした語呂合わせといえます。
このことわざは、木材、竹材、土塀といった昔の住まいや道具に関わる実用的な知恵から生まれています。農村や家の手入れの暮らしの中で、よい時期を選ぶことが、丈夫で長持ちする仕事につながると考えられてきました。
現在では、木や竹、土塀の手入れだけでなく、広く「何事にもふさわしい時期がある」という意味で理解できます。急いでも遅れてもよくないことがあり、よい結果を得るには時期を選ぶことが大切だ、という教えを含むことわざです。
「木七竹八塀十郎」の使い方




「木七竹八塀十郎」の例文
- 祖父は木七竹八塀十郎を守り、竹細工に使う竹をよい時期に切った。
- 木七竹八塀十郎というように、昔の人は木や竹の扱いにも季節を重んじた。
- 庭の古い竹垣を直すため、父は木七竹八塀十郎にならって時期を選んだ。
- 土塀の修理を急がず、木七竹八塀十郎の教えに合わせて乾きやすいころを待った。
- 木七竹八塀十郎は、家や道具を長持ちさせるための暮らしの知恵である。
- 何事にも適した時期があるという意味で、先生は木七竹八塀十郎を例に出した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・時田昌瑞『岩波ことわざ辞典』岩波書店、2000年。
・故事ことわざ研究会編『植物の故事ことわざ事典』アロー出版社、1977年。
・大後美保『暮しのことわざ事典』創元社、1980年。
・宮腰賢編『現代に生きる故事ことわざ辞典』旺文社、1983年。
・Reverso『Reverso Dictionary.』























