【故事成語】
牛首を懸けて馬肉を売る
【読み方】
ぎゅうしゅをかけてばにくをうる
【意味】
見せかけは立派でも、実質が伴わないこと。また、言うことと実際の行いが一致しないこと。


【英語】
・say one thing and do another.(言うことと行うことが食い違う)
・all show and no substance.(見かけだけで中身がない)
【類義語】
・羊頭を懸けて狗肉を売る(ようとうをかけてくにくをうる)
・看板に偽りあり(かんばんにいつわりあり)
【対義語】
・看板に偽りなし(かんばんにいつわりなし)
「牛首を懸けて馬肉を売る」の故事
「牛首を懸けて馬肉を売る」は、店の門に牛の首を掲げ、牛肉を売っているように見せながら、店の中では馬肉を売るというたとえです。「牛首」は牛の頭を指し、看板に示したものと実際に扱うものが異なることから、外見と中身が一致しないことを表します。
この表現のもととなった話は、中国古代の説話集『晏子春秋(あんししゅんじゅう)』「内篇雑下」に出てきます。『晏子春秋』は、春秋時代の斉(せい)で宰相を務めた晏嬰(あんえい)の言行を集めた全八編の書物で、成立時期には諸説がありますが、ほぼ戦国時代の斉で編成されたものとみられています。
斉の君主である霊公(れいこう)は、女性が男性の服装をすることを好み、宮廷の女性たちに男装をさせていました。その風習が国中に広がると、霊公は役人に命じ、男性の服装をしている女性の衣を裂き、帯を切るという厳しい取り締まりを行わせました。
ところが、どれほど取り締まっても、男装する女性は後を絶ちませんでした。霊公は晏子に、なぜ命令を出しても人々が従わないのかと尋ねました。
晏子は、宮廷の内側では男装をさせながら、外側の人々にだけ禁じるのは、「猶お牛首を門に懸けて、馬肉を内に売るがごとし」と答えました。門には牛の首を掲げながら、中では馬肉を売るのと同じであり、君主の行いと命令が食い違っていると指摘したのです。
さらに晏子は、国の人々にやめさせたいのであれば、まず宮廷の内側で男装をやめさせるべきだと勧めました。霊公がその言葉に従い、宮廷内の男装を禁じると、一か月ほどで国中からその風習がなくなりました。
この話で問題となっているのは、単に看板と商品が違うことだけではありません。人々に禁じている行いを君主自身が宮廷内で続けていたため、命令に説得力がなかったことが重要です。そこから、表向きの言葉と内実が違うことや、口で言うことと実際の行動が一致しないことを表すようになりました。
同じ話は、前漢の劉向が編んだ説話集『説苑(ぜいえん)』「政理」にも収められています。そこでは、「猶お牛首を門に懸け、馬肉を市に鬻(ひさ)ぐがごとし」という近い形になっており、馬肉を「内に売る」とする『晏子春秋』とは、場所や動詞の表し方に違いがあります。
日本語では、原典の「牛首」を用いた「牛首を懸けて馬肉を売る」のほか、「首」を同じ意味の「頭」に改めた「牛頭を掛けて馬肉を売る」という形も使われています。どちらも意味は同じですが、「牛首」は「ぎゅうしゅ」、「牛頭」は「ぎゅうとう」と読みます。
また、明治時代前期の『造化妙々奇談(ぞうかみょうみょうきだん)』(1879〜1880年、宮崎柳条編)には、「牛頭を掛て狗肉を粥る」という形が出てきます。これは、「牛首と馬肉」の表現と「羊頭と狗肉」の表現とが混ざった例であり、よく似た二つの言い方が日本語の中で並んで用いられていたことを示しています。
現在の「牛首を懸けて馬肉を売る」は、商品の表示と実物が違う場合だけでなく、立派な方針を掲げながら、実際には反対の行動を取る場合にも用います。故事の場面を踏まえると、自分の行いを改めず、他人にだけ正しい行動を求める矛盾を戒める言葉でもあります。
「牛首を懸けて馬肉を売る」の使い方




「牛首を懸けて馬肉を売る」の例文
- 国産品を売ると宣伝しながら輸入品を並べるのは、牛首を懸けて馬肉を売るような商いだ。
- 社長が社員に節約を命じながら自分だけぜいたくを続けていては、牛首を懸けて馬肉を売るに等しい。
- 環境保護を掲げる会社が大量の資源を無駄にする姿は、牛首を懸けて馬肉を売るというほかない。
- 時間を守ろうと呼びかけた本人が毎回遅刻するのでは、牛首を懸けて馬肉を売るようなものだ。
- 働きやすい職場をうたいながら休暇を認めない経営方針は、牛首を懸けて馬肉を売るとの批判を受けた。
- 見事な広告とはかけ離れた商品を届ける店に、客は牛首を懸けて馬肉を売るやり方だと憤った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・谷中信一著『新釈漢文大系 補遺編5 晏子春秋』明治書院、2024年。
・『晏子春秋』戦国時代ごろ成立。
・劉向編『説苑』前漢。
・宮崎柳条編『造化妙々奇談』1879〜1880年。























