【故事成語】
魚豕の惑い
【読み方】
ぎょしのまどい
【意味】
字形の似た文字を取り違え、書き誤ったり写し誤ったりすること。


【類義語】
・魯魚亥豕(ろぎょがいし)
・魯魚の誤り(ろぎょのあやまり)
「魚豕の惑い」の故事
「魚豕の惑い」の「魚豕」は、魚や豚について迷うことではありません。「魚」と「魯」、「亥」と「豕」のように、形のよく似た文字を取り違えることを表します。「魚」と「豕(し:豚を表す字)」が、それぞれ古くから知られた二つの書き誤りを代表しています。
現在の表現に直接つながる「魚豕之惑」という言い方は、曾先之が編んだ『十八史略(じゅうはっしりゃく)』に陳殷が音釈を加えた際の「史略敍」に出てきます。この序文は、明の洪武壬子、すなわち1392年に記されました。
陳殷は、近ごろの学ぶ者たちは、歴史書のもとの資料を十分に究めないため、「魚豕之惑」を免れないと述べています。原文には、「惜乎近之學者、莫究其源、不無魚豕之惑也」とあり、文字の読み違いや写し違いによって、書物の内容を正しく理解できなくなる危険を指しています。
陳殷は、このような疑いや誤りを解くために、文字の音と意味を説明し、『十八史略』を七巻に整えたと続けています。したがって、ここでの「惑い」は、一文字だけの単純な書き損じに限らず、誤った文字によって文章の意味まで分からなくなることも含んでいます。
「魚」の側のもとになった表現は、葛洪の『抱朴子(ほうぼくし)』(317年ごろ成立、晋、葛洪著)にあります。そこには、「書三寫、魚成魯、帝成虎」とあり、書物を三度も写せば、「魚」が「魯」に、「帝」が「虎」になるという古いことわざを挙げています。
この一節は、文章を人の手で次々に写していくと、形の似た文字が取り違えられ、初めの文章とは違うものになってしまうことを表しています。そこから「魯魚」は、間違えやすい文字や、筆写によって生じた文字の誤りを指すようになりました。
「豕」の側には、『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』(戦国時代末期、呂不韋編)「察伝」に記された故事があります。子夏が晋へ向かう途中、ある人が史書の文を「晋の軍勢が三匹の豚を連れて河を渡った」と読んでいるのを聞きました。
子夏は、それは「三豕」ではなく「己亥」であり、「己」と「三」、「亥」と「豕」は形が似ているために誤ったのだと指摘しました。晋に着いて事実を尋ねると、記録の正しい内容は、晋の軍勢が「己亥の日に河を渡った」というものでした。
この二つの古い例を合わせたものが、「魯魚亥豕」です。「魚豕の惑い」は、その中から「魚」と「豕」を取り出し、文字の取り違えによって生じる誤りや疑いを、簡潔に表した言い方です。
日本でも、同じ系統の「魯魚」は、古くから使われてきました。『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』(1060年ごろ成立、平安時代後期)には「魯魚之疑」という表現があり、江戸時代後期の『蘭説弁惑(らんせつべんわく)』(1799年)にも「魯魚烏焉のあやまり」とあります。
このように、「魚豕の惑い」は、手書きで書物を伝えていた時代の経験から生まれた表現です。現在でも、原稿の書き間違い、文章の写し違い、印刷や文字入力で似た字を取り違えた場合などに用いられます。
「魚豕の惑い」の使い方




「魚豕の惑い」の例文
- 古文書を書き写す際には、魚豕の惑いが生じないよう原文と丁寧に照合する必要がある。
- この写本には魚豕の惑いが多く、別の本と比べなければ正しい文章を判断できない。
- 編集者は「未」と「末」の魚豕の惑いに気づき、印刷前に訂正した。
- 人名の一字を取り違えた箇所は、筆写の際に生じた魚豕の惑いと考えられる。
- 代々書き継がれた記録には魚豕の惑いが入りやすいため、複数の資料を突き合わせた。
- 入力した文章を読み直したところ、「己」が「已」になっている魚豕の惑いを見つけた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・曾先之編次、陳殷音釈『立斎先生標註十八史略読本』山中市兵衛、1882年。
・葛洪『抱朴子』317年ごろ。
・呂不韋編『呂氏春秋』戦国時代末期。























