【ことわざ】
犬の逃げ吠え
【読み方】
いぬのにげぼえ
【意味】
臆病な犬が逃げながら吠えること。転じて、言い合いに負けた人が、口返答や負け惜しみを言いながら退くこと。


【英語】
・parting shot(去りぎわに言う批判的なひと言)
【類義語】
・引かれ者の小唄(ひかれもののこうた)
・犬の遠吠え(いぬのとおぼえ)
「犬の逃げ吠え」の語源・由来
「犬の逃げ吠え」は、犬が相手から逃げながらも吠える姿をもとにした言い方です。ここで大切なのは、ただ吠えることではなく、「逃げる」と「吠える」が同時に起こっている点です。相手に立ち向かう力はないのに、声だけは出して強がる姿が、人の言い合いや負け惜しみに重ねられました。
「逃げ吠え」という言い方は、古くは犬などが逃げながら吠える実際の動作を指しました。『極楽寺殿御消息(ごくらくじどのごしょうそく)』(康元元年〜弘長元年ごろ成立、鎌倉時代、北条重時の家訓)には、犬が自分によくしてくれる人には尾を振り、悪く当たる人には「にけほえ」などする、という趣旨の一節があります。この段階では、犬のふるまいを例にして、人としての接し方を戒める文脈で使われています。
その後、「逃吠」は、人間の弱さや負け惜しみを表す方向にも広がりました。浄瑠璃(じょうるり)『烏帽子折(えぼしおり)』(1690年ごろ)には、「にげぼえの犬侍」という形が出てきます。ここでは、臆病な武士を笑う場面で使われ、逃げながら憎まれ口をきくという意味がはっきり表れています。
現在の形に近い「犬の逃げ吠え」は、俳諧『江戸新道』(1678年、池西言水編)に、松尾芭蕉の句「行雲や犬の逃ほえむらしぐれ」として出てきます。ここでは、時雨の中で犬が逃げ吠えする姿が、季節の情景の一部として詠まれています。まずは具体的な犬の動作としての「逃ほえ」が、文学の中にも取り込まれていたことが分かります。
さらに、江戸時代後期の人情本『軒並娘八丈(のきならびむすめはちじょう)』(1824年、二代目南仙笑楚満人作)には、「アノ侍衆も犬の逃げ吠え」という用例があります。相手の勢いに押されて退く人々を、逃げながら吠える犬になぞらえており、現在の「言い合いに負けて、口返答しながら逃げる」という意味にかなり近い使い方です。
このように、「犬の逃げ吠え」は、もともとの犬の動作から、人間の負け惜しみや憎まれ口を表す言い方へと移っていきました。相手を打ち負かす力がないのに、去りぎわにだけ強い言葉を残す。その弱さと見苦しさを、短く鋭く言い表すことわざとして定着した表現です。
「犬の逃げ吠え」の使い方




「犬の逃げ吠え」の例文
- 討論に負けたあとで相手のいない廊下で文句を言うのは、犬の逃げ吠えにすぎない。
- 試合では何もできなかったのに、帰り道で相手をけなすのは犬の逃げ吠えだ。
- 会議で反論できなかった彼が、部屋を出てから不満を言ったのは犬の逃げ吠えだった。
- 兄は口げんかに負けると、階段を上りながら犬の逃げ吠えのように言い返す。
- 発表の場では黙っていたのに、あとから陰で批判するのは犬の逃げ吠えと言われても仕方がない。
- 負けを認めずに去りぎわの一言だけで強がる姿は、犬の逃げ吠えそのものだった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster, Incorporated『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster, Incorporated。
・『極楽寺殿御消息』康元元年〜弘長元年ごろ成立。
・池西言水編『江戸新道』1678年。
・『烏帽子折』1690年ごろ。
・二代目南仙笑楚満人作『軒並娘八丈』1824年。























