【慣用句】
風上にも置けない
【読み方】
かざかみにもおけない
【意味】
性質や行いがひどく卑劣で、同じ仲間として到底認められない人を、強く非難していう言葉。


【英語】
・a disgrace to one’s profession.(その職業の面汚し)
【類義語】
・面汚し(つらよごし)
・鼻持ちならない(はなもちならない)
「風上にも置けない」の語源・由来
「風上」は、風が吹いてくる元の方向を指します。風上にあるもののにおいは風に運ばれ、風下にいる人のところへ流れてきます。
そのため、悪臭を発するものを風上に置けば、風下にいる人々は、ひどいにおいに悩まされます。「風上にも置けない」は、この具体的な様子を、人間の性質や行いに当てはめた言い方です。
つまり、卑劣な人を、近くにいるだけで周囲を不快にするほど臭いものにたとえています。そこから、同じ仲間として扱いたくないほど見下げ果てた人物を、憎しみを込めて非難する意味になりました。
古い実例は、浮世草子(うきよぞうし)『諸道聴耳世間猿(しょどうききみみせけんざる)』(1766年・江戸時代中期、上田秋成著)に出てきます。上田秋成は、この作品を「和訳太郎」の名で刊行しました。
作中には、「商人のすあいをとるとは、武士の風上にもおかぬ奴」とあります。「すあい」は、商品の売買を仲介して手数料や利益を得ること、またはその仕事をする人を指します。
この場面では、十分な知行を受けている武士が、商人の仲買をして利益を得ることを、武士の立場にふさわしくない行いとして責めています。「武士の風上にもおかぬ奴」と言うことで、武士の仲間として認められないほど恥ずべき者だと非難しているのです。
この用例には、現在の「風上にも置けない」と同じく、「も」を含む形がすでに使われています。一方、「風上に置けない」「風上に置けぬ」という形もあり、いずれも同じ意味を表します。
また、「風上にも置けない」は、早くから「武士の風上にも置けない」のように、ある集団や立場を表す言葉と結び付いていました。この形には、その人一人を責めるだけでなく、その集団の名誉を傷つける者として退けるという意味もあります。
明治時代には、夏目漱石の『吾輩は猫である』(明治38〜39年、夏目漱石著)に、「到底人の風上に置けるものではない」という用例が出てきます。ここでは、特定の職業に限らず、人間として仲間にできないほど悪い者だという意味で使われています。
現在では、「医師の風上にも置けない」「教師の風上にも置けない」のように、その人が属する職業や立場を前に添える使い方がよく行われます。その立場に求められる良心や責任を大きく踏みにじった人に対する、厳しい非難を表します。
したがって、「風上にも置けない」は、軽い失敗や単なる能力不足について使う言葉ではありません。人を欺く、仲間を裏切る、立場を悪用するといった卑劣な行いを、悪臭になぞらえて強く責める慣用句です。
「風上にも置けない」の使い方




「風上にも置けない」の例文
- 患者の秘密を面白半分に話すとは、医師の風上にも置けない。
- 仲間の研究成果を自分のものとして発表した彼は、研究者の風上にも置けない。
- 困っている友人に責任を押し付けるなど、友達の風上にも置けない行いだ。
- 客を欺くために商品の安全性を偽った店主は、商人の風上にも置けない。
- 選手に不正を命じた監督は、指導者の風上にも置けない人物として非難された。
- 寄付金を私用に使った責任者など、社会福祉に携わる者の風上にも置けない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・上田秋成『諸道聴耳世間猿』1766年。
・夏目漱石『吾輩は猫である』1905〜1906年。























