【故事成語】
木に縁りて魚を求む
【読み方】
きによりてうおをもとむ
【意味】
やり方を誤ると、何かを得ようとしても得られないことのたとえ。的外れな方法で、実現しにくい望みをかなえようとすること。


【英語】
・be barking up the wrong tree.(見当違いの方向へ進む、誤った方法をとる)
【類義語】
・畑に蛤(はたけにはまぐり)
「木に縁りて魚を求む」の故事
「木に縁りて魚を求む」は、中国の古典『孟子』「梁の恵王・上」に出てくる言葉にもとづきます。『孟子』は、中国戦国時代の思想家である孟子の言行や思想を伝える書物で、後に四書の一つとして重んじられました。
孟子は、中国戦国時代に儒家の政治思想を説いた人物です。仁義にもとづく王道政治を重んじ、富国強兵を第一にする覇道をしりぞけました。
故事の場面は、孟子が斉(せい)の宣王(せんおう)と問答するところです。宣王は、斉の桓公(かんこう)や晋の文公(ぶんこう)の事績について聞きたいと孟子にたずねます。
孟子は、孔子の門人たちは桓公・文公のことを語らなかったとして、その話を受け流します。そして、武力で天下を動かす覇者の道ではなく、民を守る王道の政治へと話を向けました。
問答の中で、孟子は宣王に、民を大切にすれば王者になれると説きます。宣王が祭りのために引かれていく牛を憐れみ、羊に替えさせた話から、孟子はその心が王道政治の出発点になると見ました。
しかし、宣王の胸の内には、もっと大きな望みがありました。宣王は、戦争を楽しみたいのではなく、自分の大いに欲するものを求めたいのだと答えます。
孟子は、その望みを、土地を広げ、秦(しん)や楚(そ)を従わせ、中国の中心に立ち、周辺の国々まで治めることだと見抜きます。そのうえで、いま行おうとしている方法でその望みを求めるのは、「猶緣木而求魚也」、つまり木に登って魚を求めるようなものだと述べました。
魚は水の中にいるもので、木の上を探しても得られません。このたとえによって、目的に対して手段がまったく合っていないことを、だれにも分かる形で示したのです。
孟子はさらに、木に登って魚を求めても、魚は得られないだけで後の災いはない、と言います。しかし、宣王がその方法で天下を求めれば、力を尽くして行っても、後には必ず災いが起こると戒めました。
続いて孟子は、鄒(すう)の人と楚の人が戦えば、楚が勝つと宣王に認めさせます。小は大に、少数は多数に、弱いものは強いものにかなわないという道理を示し、斉だけで天下を従わせようとする無理を説明しました。
最後に孟子は、宣王に「本」に立ち返ることをすすめます。ここでいう本とは、武力で押さえつけることではなく、仁政を行い、人々が自ら集まってくるようにする政治のことです。
この故事から、「木に縁りて魚を求む」は、方法を誤れば、どれほど願っても目的を達することはできない、という意味で用いられるようになりました。単に難しいことを望むだけでなく、望みに向かう道筋そのものが見当違いである場合に使われます。
日本での古い用例には、『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』(1060年ごろ・平安時代中期、藤原明衡撰)巻二に収められた三善清行「意見十二箇条」があります。そこでは、感応を望んで祈念することを、「縁木求魚」と、かまどに向かって花を採ろうとすることにたとえています。
このように、もとの形は漢文の「縁木求魚」として現れ、日本語では「木に縁りて魚を求む」「木に縁って魚を求む」の形でも伝わりました。現在では、学問、仕事、生活上の計画などで、目的と方法が合っていないことを戒める表現として使われています。
「木に縁りて魚を求む」の使い方




「木に縁りて魚を求む」の例文
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主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『孟子』。
・藤原明衡撰『本朝文粋』1058年ごろ。
・Merriam-Webster, Inc.『Merriam-Webster.com Dictionary,』2026.























