【ことわざ】
九死に一生を得る
【読み方】
きゅうしにいっしょうをえる
【意味】
ほとんど助かる見込みのない危険な状態から、かろうじて命が助かること。


【英語】
・have a narrow escape from death.(危うく死を免れる)
・barely escape death.(かろうじて死を免れる)
【類義語】
・十死一生(じっしいっしょう)
・万死の中に一生を得る(ばんしのうちにいっしょうをえる)
・死中に活を求める(しちゅうにかつをもとめる)
「九死に一生を得る」の語源・由来
「九死に一生を得る」は、「九死」と「一生」を組み合わせた言い方です。「九死」は、十のうち九までが死で占められているほど、命が助かる可能性がきわめて小さい状態を表します。「一生」は、その中にわずかに残された一つの生、すなわち生き延びる可能性を指します。ここでの「九」と「一」は、正確な確率を示す数字ではなく、死がほとんどを占め、生きる望みがわずかしかないことを強く表しています。
この表現のもととなる「九死一生」という漢語は、日本でも古くから使われていました。平安時代中期の日記『左経記(さけいき)』(1031年・平安時代中期、源経頼著)には、「日來辛苦、已九死一生也」とあります。「このところ苦しみ続け、すでに九死一生のありさまである」という趣旨で、非常に苦しく危険な状態を「九死一生」と表したものです。現在の「九死に一生を得る」と全く同じ形ではありませんが、「死ぬ可能性がきわめて高く、生きる望みがわずかしかない」という考え方は、すでにこの時代に用いられていました。
現在の言い方に近い「九死の中に一生を得る」という形は、曲亭馬琴の読本『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』(1807〜1811年・江戸時代後期、曲亭馬琴著)に出てきます。この作品は、源為朝を主人公とし、九州・伊豆諸島・琉球などを舞台に、戦いや冒険を描いた長編です。
『椿説弓張月』後編には、「もし幸にして沖ゆく船に落かかり、或は伊豆湊などへ落るときは、九死の中に一生を得るなり」とあります。海へ投げ出されても、運よく沖を行く船に拾われたり、伊豆の港へ流れ着いたりすれば、ほとんど助からない状況の中から命を取り留められるという場面です。ここでは、「九死」の中に残るわずかな「一生」を手に入れるという形で、危険から生還する意味がはっきりと表されています。
この「九死の中に一生を得る」という形から、「の中」が省かれた「九死に一生を得る」という言い方が広く定着しました。「得る」は、ここでは生きる機会を手に入れることを表します。そのため、危険な状態に遭わなかった人についてではなく、実際に死が迫るような状況に置かれ、そこから生き延びた人について用いるのが、本来の使い方です。
大正時代には、芥川龍之介の小説『疑惑』(1919年)にも、「私の妻もどんな機会で九死に一生を得たかも知れない」と出てきます。この用例でも、命を失ったと思われた人物が、何かの機会によって生き延びていたかもしれない、という意味で使われています。こうして「九死に一生を得る」は、命を失う寸前の危機から奇跡的に助かることを表す、現在のことわざとして定着しました。
「九死に一生を得る」の使い方




「九死に一生を得る」の例文
- 漁船が嵐で転覆したが、乗組員は漂流物につかまり、九死に一生を得ることができた。
- 登山中に雪崩に巻き込まれた彼は、救助隊に発見されて九死に一生を得る。
- 家族は火事の煙に包まれたものの、消防隊に救い出され、九死に一生を得た。
- 重い病気で一時は意識を失った祖父も、懸命な治療によって九死に一生を得た。
- 運転手は崖から転落した車を自力で抜け出し、九死に一生を得た。
- 大地震で建物の下敷きになった男性は、三日後に救出されて九死に一生を得た。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・源経頼『左経記』。
・曲亭馬琴『椿説弓張月』1807〜1811年。
・芥川龍之介『疑惑』1919年。























