【慣用句】
胸襟を開く
【読み方】
きょうきんをひらく
【意味】
隠し立てをせず、心の中にある思いや考えをすっかり打ち明ける。


【英語】
・have a heart-to-heart talk.(互いの本心や悩みを率直に語り合う)
・speak one’s mind.(自分が考えていることを率直に述べる)
【類義語】
・腹を割る(はらをわる)
・胸臆を開く(きょうおくをひらく)
【対義語】
・心を閉ざす(こころをとざす)
「胸襟を開く」の語源・由来
「胸襟を開く」は、「胸襟」と「開く」を組み合わせた表現です。「胸襟」は、もともと胸と衣服の襟を指す言葉ですが、そこから転じて、胸の内や心の中を表すようになりました。外からは見えない思いや考えを胸の奥にたとえ、その閉ざされた部分を開くことによって、本心を相手に明かす様子を表しています。
「胸襟」に当たる言葉は、中国の古い詩にも出てきます。西晋の文人で、竹林の七賢の一人に数えられる劉伶の「北芒客舎詩」は、唐代初期の類書『芸文類聚(げいもんるいじゅう)』(624年、欧陽詢ら編)巻七に収められています。その末尾には、「長笛響中夕、聞此消胸衿」とあり、夜中に響く笛を聞くことで、胸の内にある憂いが消えていく様子を詠んでいます。ここでは、「胸衿」という表記が、心の中や胸の思いを表しています。
日本では、「胸襟」という言葉の古い用例が、『松山集』(1365年ごろ・南北朝時代)の「漏水嚢」に出てきます。「胸襟流出玉淙淙」と記されており、胸の内から清らかなものが流れ出すという形で、「胸襟」が人の内面を表す言葉として用いられています。
江戸時代前期の『信長記(しんちょうき)』(1622年、小瀬甫庵著)にも、「信長卿の一胸襟より出たる智謀ぞ」という用例があります。これは、その知恵や策略が織田信長自身の心の内から生まれたものだという意味であり、「胸襟」が胸の内や考えを指す言葉として定着していたことが分かります。
一方、「開く」は、戸や扉を開けるという具体的な動作だけでなく、心の中にあるものを隠さず表すという意味にも広がりました。「心を開く」や「胸襟を開く」などの形では、自分を閉じ込めていた殻を解き、内面をあらわにすることを表します。また、「襟を開く」という表現にも、衣服の襟を開ける意味のほか、心中を打ち明けるという意味があります。
現在と同じ「胸襟を開く」という形の古い用例は、末広鉄腸の政治小説『花間鶯(かかんおう)』(1887〜1888年・明治時代)に出てきます。末広鉄腸は、自由民権運動に関わった政治家・新聞記者で、『花間鶯』では、政治上の対立や官民の関係などが物語の中に描かれています。
作品の下編には、「国野と貴顕は胸襟を開いて談論をなせども」とあります。国野という人物が、身分の高い人々とも心の内を隠さずに話し合う場面で使われており、すでに現在と同じく、本心を率直に語るという意味を表しています。
このように、「胸襟」は古くから心の内を表し、「開く」には、閉じていた心を解き放つ意味がありました。その二つが結び付いた「胸襟を開く」は、ただ自分の意見を述べるだけでなく、相手への遠慮や疑いを取り除き、隠していた本心まで打ち明けることを表す慣用句として定着しました。現在は、「胸襟を開いて語り合う」「胸襟を開いて話し合う」など、互いに率直な対話を行う場面で多く用います。
「胸襟を開く」の使い方




「胸襟を開く」の例文
- 長年の誤解を解くために、兄弟は胸襟を開いて語り合った。
- 両国の代表が胸襟を開くことで、交渉はようやく前進した。
- 担任は生徒たちと胸襟を開いて話し合い、教室の問題を一つずつ整理した。
- 親子が胸襟を開く時間をもち、互いの悩みを初めて理解した。
- 部門同士が胸襟を開いて意見を交わした結果、新しい計画がまとまった。
- 友人に胸襟を開くと、長く抱えていた不安が少し軽くなった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・集英社辞典編集部編『ルーツでなるほど慣用句辞典』集英社、1991年。
・欧陽詢ほか編『芸文類聚』624年。
・『松山集』1365年ごろ。
・小瀬甫庵『信長記』1622年。
・末広鉄腸『花間鶯』1887〜1888年。























