【故事成語】
狐死して兎泣く
【読み方】
きつねししてうさぎなく
【意味】
同類の者が不幸に遭ったのを悲しみ、同情すること。また、その不幸がやがて自分にも及ぶのではないかと心配すること。


【類義語】
・兎死すれば狐これを悲しむ(うさぎしすればきつねこれをかなしむ)
・同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
【対義語】
・対岸の火事(たいがんのかじ)
「狐死して兎泣く」の故事
「狐死して兎泣く」のもとになった「狐死兔泣」という表現は、中国の歴史書『宋史(そうし)』巻四百七十七「李全伝下」に出てきます。『宋史』は、宋の歴史を記した書物で、元代に脱脱らが編纂し、1345年に完成しました。
この言葉が記されたのは、南宋の宝慶3年、すなわち1227年の出来事を述べる場面です。山東の武装勢力を率いていた李全は、楊氏と結婚して勢力を広げていましたが、モンゴル軍に青州を包囲され、死んだといううわさまで流れていました。
そのころ、楊氏の軍勢は楚州にあり、同じく山東出身の武将である夏全から圧力を受けていました。楊氏は争いを避けるため、使者を夏全のもとへ送り、味方に引き入れようとしました。
使者は夏全に、「將軍非山東歸附耶?狐死兔泣、李氏滅、夏氏寧獨存?」と語りかけました。「将軍も山東から帰順した者ではありませんか。狐が死ねば兎も泣きます。李氏が滅びたなら、夏氏だけが生き残れるでしょうか」という意味です。
ここでの狐と兎は、動物として同じ種類であるという意味ではありません。互いに立場が近く、一方が滅ぼされれば、もう一方にも同じ危険が及ぶ関係を表しています。楊氏は、李全の一族を見捨てれば、夏全もいずれ同じ運命をたどると訴えたのです。
『宋史』には、狐と兎が同じ山に暮らしていたという独立した物語は記されていません。「狐死兔泣」は、楊氏が夏全に共通の利害を思い出させ、協力を求めるために用いたたとえです。夏全はこの説得を受け入れ、楊氏と和解しました。
この場面には、単に仲間の死を悲しむだけでなく、「次は自分の番かもしれない」という切実な不安も込められています。そのため、「狐死して兎泣く」は、同類への同情と、自分にも災いが及ぶことへの恐れの両方を表す言葉となりました。
中国では、狐と兎の順序を逆にした「兔死狐悲」という形も広まりました。元代の作品『随何賺風魔蒯通』第四折には、韓信の死を悲しむ蒯徹の言葉として、「今日油烹蒯徹、正所謂兔死狐悲、芝焚蕙歎」とあります。自分が処刑されようとする場面で、同じ立場にある者の死を悲しむ意味で用いています。
明代の田芸蘅が著した『玉笑零音』にも、「黿鳴而鱉應、兔死則狐悲」とあります。亀に似た黿が鳴けば鱉が応じ、兎が死ねば狐が悲しむという対句によって、似た境遇の者どうしが心を通わせることを表しています。
日本では、近松門左衛門の浄瑠璃『曾我会稽山(そがかいけいさん)』(1718年・江戸時代中期)に、「兎しすれば狐是を悲しむとは、同じ類に禍の来らんことをいたむゆへ」とあります。ここでは、同じ仲間に災いが及ぶことを心配する言葉として、その意味まで明確に示されています。
こうして、日本語では「兎死すれば狐これを悲しむ」「狐死して兎悲しむ」「狐死して兎泣く」など、狐と兎の順序や動詞が異なる形が用いられるようになりました。いずれも、仲間の不幸を自分と無関係なものとは考えず、悲しみや危機感を共有することを表しています。
「狐死して兎泣く」の使い方




「狐死して兎泣く」の例文
- 同じ業界の会社が倒産し、経営者たちは狐死して兎泣くの思いで今後の対策を話し合った。
- 仲間の選手が重いけがをしたため、チーム全員が狐死して兎泣く心境になった。
- 近隣の村が洪水に襲われ、同じ川沿いに住む人々は狐死して兎泣くで避難の準備を始めた。
- 同じ仕事をする職人の事故を知り、父は狐死して兎泣く思いで作業手順を見直した。
- 友人の苦境を自分にも起こり得ることとして受け止める姿は、狐死して兎泣くという言葉に当てはまる。
- 狐死して兎泣くというように、似た立場の人の不幸には深い同情と不安が伴う。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・脱脱ほか撰『宋史』1345年。
・近松門左衛門『曾我会稽山』1718年。
・『随何賺風魔蒯通』元代。
・田芸蘅『玉笑零音』明代。























