【ことわざ】
京の夢大阪の夢
【読み方】
きょうのゆめおおさかのゆめ
【意味】
夢の話をする前に唱える言葉。転じて、夢の中では場所に縛られずさまざまなことを思い描けることや、人それぞれに願いがあること、物事のはかなさなどを表す。


「京の夢大阪の夢」の語源・由来
「京」は京都を、「大阪」は現在の大阪を指します。江戸時代には、大阪を「大坂」と書くことが一般的であったため、古い形では「京の夢大坂の夢」と表記されています。
京は長く都として栄えた町であり、大坂は商業で栄えた大きな町でした。この二つの名高い都市を並べることで、夢の中では遠く離れた場所へも自由に行けることや、さまざまな望みを思い描けることを表したと解釈されています。
ただし、この言い方がなぜ京と大坂を組み合わせたのかについては、意味が一つに定まっていません。夢では今いる場所とは別の土地を見ることがあるから、夢の中なら京へも大坂へも自在に行けるから、人によって見る夢や抱く願いが異なるからなど、いくつかの解釈があります。
古い用例は、『諺苑(げんえん)』(1797年・江戸時代後期、太田全斎著)に出てきます。『諺苑』は、俗語や俗諺(ぞくげん)を集め、いろは順に配し、意味や出典などを示した七巻の国語辞書です。
『諺苑』では、「京の夢大阪の夢」を、夢の話をする前に唱える言葉として収めています。このことから、18世紀末にはすでに、夢を語り始めるときの決まり文句として世間に行き渡っていたことが分かります。
この表現は、のちに太田全斎の『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(1797年以後、1829年以前成立)にも引き継がれました。『俚言集覧』は、『諺苑』に俗語・方言・漢語などを加えて大きく増補した国語辞書であり、この言葉が江戸時代の話し言葉やことわざの一つとして伝えられていたことを示しています。
やがて、「京の夢大坂の夢」は、江戸系のいろはかるたに取り入れられました。江戸系いろはかるたは、「犬も歩けば棒に当たる」で始まり、いろは四十七文字に「京」を加えた四十八枚で構成され、最後の「京」の札が「京の夢大坂の夢」でした。
文化・文政期、すなわち1804年から1830年ごろの江戸いろはかるたにも、最後の句として「京の夢大坂のゆめ」が出てきます。『諺苑』の用例はそれより早いため、この言葉がかるたから生まれたと断定することはできません。すでに使われていた決まり文句を、のちにかるたの札へ採り入れたと考えられます。
かるたを通して広く親しまれる一方、この言葉の意味は、夢の話の前置きだけに限られなくなりました。夢の中では何でも思いどおりになること、人によって望みが異なること、現実離れした話であることなどを表す言い方としても用いられるようになりました。
夢野久作の『超人鬚野博士(ちょうじんひげのはかせ)』(昭和11年、夢野久作著)には、「人生は京の夢、大阪の夢だ」とあります。この場面では、境遇が急に変わる人生を、つかみどころのない夢になぞらえており、夢のはかなさや世の移ろいやすさを表しています。
このように、「京の夢大阪の夢」は、もとは夢の話を始める前に唱えた言葉です。その後、いろはかるたによって広まり、夢の自由さ、人それぞれの願い、現実のはかなさなどを表す、意味に幅のあることわざとして定着しました。
「京の夢大阪の夢」の使い方




「京の夢大阪の夢」の例文
- 祖父は京の夢大阪の夢と前置きして、空を飛んだ昨夜の夢を語り始めた。
- 兄は料理人、妹は宇宙飛行士を目指しており、京の夢大阪の夢のように願いはさまざまだ。
- 旅の計画を話し合ううちに世界一周の話まで飛び出し、京の夢大阪の夢となった。
- 人生の激しい浮き沈みを振り返ると、京の夢大阪の夢という言葉が胸に浮かぶ。
- 町の未来について語る人々の希望は、京の夢大阪の夢のようにそれぞれ異なっていた。
- 京の夢大阪の夢で終わらせまいと、彼は長年抱いてきた計画を実行に移した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・太田全斎『俚言集覧』1797〜1829年。
・夢野久作『超人鬚野博士』1936年。























