【ことわざ】
船頭多くして船山に上る
【読み方】
せんどうおおくしてふねやまにのぼる
【意味】
指図する人が多すぎると、かえって物事がまとまらず、見当違いの結果になること。


【英語】
・Too many cooks spoil the broth.(料理人が多すぎるとスープが台無しになる)
・Too many chiefs, not enough Indians.(指導者ばかりで実行する人が足りない)
【類義語】
・船頭多くして船動かず(せんどうおおくしてふねうごかず)
・役人多くして事絶えず(やくにんおおくしてことたえず)
【対義語】
・三人寄れば文殊の知恵(さんにんよればもんじゅのちえ)
・鶴の一声(つるのひとこえ)
「船頭多くして船山に上る」の語源・由来
「船頭多くして船山に上る」は、中国の古い人物や事件に由来する故事成語ではなく、日本で用いられてきたことわざです。ここでいう「船頭」は、渡し舟をこぐ人というより、多くの船員が乗る和船の船長を指します。船を進める責任者は本来一人であるべきなのに、その船長が何人もいると、命令がぶつかり合い、船は正しい方向へ進めなくなります。
「船が山に上る」という言い方は、実際にはありえないことを大きく言った比喩です。水の上を進むはずの船が山へ向かうほど、指図する人が多いとかえって物事が見当違いの方向へ行ってしまう、という意味を強く印象づけています。これは「人数が多ければ難しいこともできる」という意味ではなく、「指示する人が多すぎると統一が失われる」という戒めです。
古い形としては、「船頭多くて船山に上る」「船頭多ければ船山に上る」という言い方が、江戸時代前期の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年・江戸時代前期、松江重頼編)に関わる用例として伝えられています。『毛吹草』は、俳諧の作法や言葉、各地の名物などを集めた書物で、序文は1638年、刊行は1645年とされています。
このことから、江戸時代のかなり早い時期には、すでに「指図する人が多いと物事がとんでもない方向へ進む」という考えが、短いことわざの形で使われていたことが分かります。船は当時の交通や運送にとって身近なものであり、船頭が何人もいてはかえって進路が定まらないというたとえは、多くの人に理解しやすいものでした。
このことわざには、言い回しの揺れもあります。「多くして」のほかに「多くて」「多うて」などがあり、「上る」の部分も別の形で使われることがありました。ただし、「船」と「山」という取り合わせは共通しており、船が山へ行くという不自然さによって、物事が本来の目的から大きく外れる様子を表しています。
近代以降にも、このことわざは文章の中で用いられています。『漱石の思ひ出』(昭和3年、夏目鏡子著)では、頭株がいないために統一がとれず、議論がまとまらない場面を説明するために使われています。また、『探偵小説とは』(昭和23年、坂口安吾著)では、合作に参加する人数が多くなりすぎると、かえってうまくいかないおそれを示す表現として用いられています。
このように、「船頭多くして船山に上る」は、船の進路を決める責任者が多すぎるという身近で分かりやすいたとえから生まれ、のちには会議、共同作業、組織運営などにも広く使われるようになりました。現在でも、意見を出し合うこと自体を否定する言葉ではなく、最終的に方針をまとめる役割が必要だという教えとして読むと、意味が自然につかめます。
「船頭多くして船山に上る」の使い方




「船頭多くして船山に上る」の例文
- 文化祭の出店計画は、責任者が何人も別々に指示を出したため、船頭多くして船山に上る状態になった。
- 旅行の行き先を全員が強く主張し、船頭多くして船山に上るように予定がまったく決まらなかった。
- 新商品の会議では、各部の責任者が自分の案を押し通そうとして、船頭多くして船山に上る結果となった。
- 合唱コンクールの練習で、何人もの生徒が同時に指示を出し、船頭多くして船山に上るように歌声が乱れた。
- 町内会の防災計画は、指揮する人を一人にしなければ、船頭多くして船山に上るおそれがある。
- 船頭多くして船山に上るを避けるため、編集作業では最終判断を担当する人をあらかじめ決めた。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松江重頼編『毛吹草』寛永15年序、正保2年刊。
・Cambridge University Press & Assessment『Cambridge Dictionary』。























