【慣用句】
恩に着る
【読み方】
おんにきる
【意味】
人から受けた恩をありがたく思い、忘れないこと。


【英語】
・I owe you one(助けてもらった恩があり、いつかお返しをする)
【類義語】
・恩に受ける(おんにうける)
・恩を着る(おんをきる)
【対義語】
・恩を仇で返す(おんをあだでかえす)
「恩に着る」の語源・由来
「恩に着る」の「着る」は、ここでは衣服を身につけるという意味ではありません。「自分の身に受ける」「身に負う」「こうむる」という古い意味で使われています。室町時代末期の『猿源氏草紙(さるげんじそうし)』にも、「人の怨みをきる」という用例があり、目には見えない感情や負担を自分の身に受けることを「着る」と表していました。
この「着る」に、人から受けた恵みや親切を表す「恩」が結びつきました。恩を衣服のように身に受け、心に負うものとして表したのが、「恩を着る」や「恩に着る」という言い方です。単に「ありがとう」と思うだけでなく、受けた助けを忘れず、自分の身に引き受けておくという意味合いをもっています。
現在の表現に近い言い方が広がる前には、「恩に受ける」という形も使われていました。『ぎやどぺかどる』(1599年刊)には、「汝が恩にうけずして」という一節があり、恩恵を与えられたことをありがたく思う意味で用いられています。
その数年後に刊行された『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜1604年)には、「恩を着る」の古い用例として「ソナタノ vonuo qinu」と記されています。『日葡辞書』は、当時使われていた日本語をポルトガル語で解説した辞書で、このころには、「恩」と「着る」を組み合わせた表現が、実際の日本語として使われていたことが分かります。
「恩に着る」という現在と同じ形は、狂言『禰宜山伏(ねぎやまぶし)』の古い台本に出てきます。大蔵虎明が1642年に書き写した『虎明本狂言集(とらあきらぼんきょうげんしゅう)』には、「それは人のおんにきぬ、めんめんのたてはでおりやる」とあります。人から受けた恩によるものではなく、それぞれが自分の力で成し遂げたのだ、という文脈です。
ここに出てくる「おんにきぬ」の「ぬ」は、打ち消しを表します。つまり、「人の恩をありがたく受けたのではない」という意味であり、反対から見ると、「恩に着る」が、すでに「受けた恩をありがたく思う」という意味で成り立っていたことが分かります。
『虎明本狂言集』は1642年に書写されましたが、その言葉には、中世から受け継がれた表現と、書写された近世初期の話し言葉の両方が含まれています。そのため、「恩に着る」は、室町時代末期から江戸時代初期にかけて、人々の会話に根づいていた言い方といえます。
これらの古い用例を時代順に並べると、16世紀末には「恩に受ける」、17世紀初めには「恩を着る」、そして、室町時代末期から近世初期の言葉を伝える狂言には、「恩に着る」という形が現れます。「恩を着る」と「恩に着る」は、どちらも恩を自分の身に受けて感謝することを表しましたが、後には「恩に着る」が一般的な形として定着しました。
一方、「恩に着せる」は、助けた側が相手に恩を負わせ、ありがたく思わせようとすることを表します。「恩に着る」が受けた側の自発的な感謝であるのに対し、「恩に着せる」は、与えた側が感謝を求める態度を含むため、意味の方向が異なります。
現代では、「一生恩に着る」「このことは恩に着るよ」などの形で、強い感謝を表すときに使います。「着る」は上一段活用の動詞なので、丁寧に言う場合は「恩に着ます」が正しく、「恩に着ります」とは言いません。
このように、「恩に着る」は、人から受けた親切を、自分の身にまとい、忘れずにいるものとして表した慣用句です。室町時代末期から江戸時代初期には、すでに使われており、受けた恩への深い感謝と、いつか報いたいという思いを伝える言葉として定着しました。
「恩に着る」の使い方




「恩に着る」の例文
- 欠席した日の授業内容を丁寧に教えてくれた友人に、彼は一生恩に着ると感謝した。
- 迷子になった弟を家まで送り届けてくれた人の親切を、家族全員が恩に着ることになった。
- 大会直前に代わりの道具を貸してくれた先輩のことを、彼女は今でも恩に着ると言っている。
- 祭りの準備が遅れたとき、近所の人々が手を貸してくれたことを、町内会長は恩に着ると伝えた。
- 会社が苦しい時期に取引を続けてくれた相手の厚意を、社長は生涯恩に着ると語った。
- 事故の現場で素早く救助してくれた人々の勇気を、助けられた男性は恩に着ると心に刻んだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・池田廣司・北原保雄著『大蔵虎明本狂言集の研究 本文篇』表現社、1972〜1983年。
・土井忠生・森田武・長南実編訳『邦訳 日葡辞書』岩波書店、1980年。
・大蔵虎明『虎明本狂言集』1642年書写。
・『ぎやどぺかどる』1599年。























