【ことわざ】
悪縁契り深し
【読み方】
あくえんちぎりふかし
【意味】
よくない縁ほどかえって強く結びつき、離れようとしてもなかなか切れないこと。とくに、好ましくない男女の関係や、切りたくても切れない人間関係についていう。


【英語】
・an unfortunate but inescapable relationship(不幸だが切れない関係)
・a bad relationship(よくない関係)
・unsavory ties(好ましくないしがらみ)
【類義語】
・腐れ縁(くされえん)
・悪縁(あくえん)
・悪女の深情け(あくじょのふかなさけ)
【対義語】
・合縁奇縁(あいえんきえん)
・縁は異なもの味なもの(えんはいなものあじなもの)
・破れ鍋に綴じ蓋(われなべにとじぶた)
「悪縁契り深し」の語源・由来
このことわざを考えるときは、まず「悪縁」と「契り」という二つの言葉を分けて見ると分かりやすいです。「縁」は、ただの出会いというだけでなく、人と人とを結びつけるめぐりあわせや関係そのものを表す言葉でした。
「縁」は、もともと仏教で、ある結果を生じさせる間接の条件を指す言葉でした。そこから、前世からのつながり、めぐりあわせ、人と人との関係という意味へ広がっていきました。
「悪縁」という語は、985年(寛和元年・平安時代中期)に成った『往生要集(おうじょうようしゅう)』に、外から人を悪い方へ引く条件という意味で確かめられます。ここでの「悪縁」は、まだ恋愛の話というより、修行や心を乱すよくない働きを指す、仏教の言葉でした。
ところが時代が下ると、「悪縁」は人間関係、とくに男女の離れがたい結びつきを指す語としても使われるようになります。1715年(正徳5年・江戸時代中期)の浄瑠璃『生玉心中(いくたましんじゅう)』には、離れにくい男女の縁という意味で「悪縁」が出てきます。
さらに、1603年から1604年(慶長8年から慶長9年・江戸時代初期)の『日葡辞書』には、結んではいけない縁、好ましくない結び付きという意味が見えます。江戸後期の『浮世風呂』にも、人との出会いを受けて「悪縁」と言い返す場面があり、日常の人間関係を言う言葉として広がっていたことが分かります。
一方の「契り」は、古くからある大切な言葉です。720年(養老4年・奈良時代)成立の『日本書紀(にほんしょき)』には約束の意味で出てきますし、平安時代中期の『枕草子(まくらのそうし)』でも、親しい約束や結びつきとして使われています。
その後、「契り」は前世から定まった宿縁や因縁も表すようになりました。『竹取物語』や『源氏物語』に見える用法からは、人の力だけでは変えにくい、運命のような結びつきという感じが強まっていったことが分かります。
こうした流れを合わせてみると、「悪縁契り深し」は、悪い関係なのに、その結びつきだけは深く、簡単には切れないという意味を、たいへん自然に言い表したことわざだと分かります。ここでいう「深し」は、仲がよいという意味ではなく、しがらみや因縁が重く、抜け出しにくいという意味合いです。
このことわざに、どこか仏教めいた響きがあるのは、「縁」も「契り」も、ただの交際ではなく、人知をこえた結びつきを思わせる語だからです。そのため、単なる相性の悪さよりも、切ろうとしても切れない、重たい関係を言うときにふさわしい表現になりました。
近い言葉に「腐れ縁」がありますが、こちらも、離れようとしても離れられない好ましくない関係を指します。1816年から1826年(文化13年から文政9年・江戸時代後期)の例が残っており、江戸時代には、悪いのに切れない関係を言い表す言葉が庶民の感覚としても根づいていたことがうかがえます。
つまり「悪縁契り深し」は、古い仏教のことばづかいと、男女や人間関係をめぐる江戸時代の生活感覚とが重なって育った言い方です。よくない結びつきほど、かえって長く人をしばるという、少し苦い人生の実感が、この短いことわざには込められています。
「悪縁契り深し」の使い方




「悪縁契り深し」の例文
- 別れると決めたはずなのに何度も連絡を取り合ってしまう二人は、悪縁契り深しというほかない。
- 学級委員の引き継ぎで毎年同じ二人が衝突するのを見ると、悪縁契り深しと思わされる。
- 家業をたたんだあとも借金の保証人の問題で顔を合わせる二人は、まさに悪縁契り深しである。
- 町内会の役員選びのたびに対立してきた家同士がまた同じ組になるとは、悪縁契り深しだ。
- 不正をした取引先と手を切ったつもりでも別会社の名で再び現れるのでは、悪縁契り深しと言うしかない。
- 昔のいじめの加害者と職場で再会し、しかも同じ部署になった彼は、悪縁契り深しを思わず口にした。























