【故事成語】
悪に従うは崩るるが如し
【読み方】
あくにしたがうはくずるるがごとし
【意味】
悪い行いのほうへ流れることは、物が崩れ落ちるようにたやすいということ。善い道を守るには努力が要るが、悪い道へは気のゆるみや欲につられてすぐに落ちてしまう、という戒め。


【類義語】
・従悪如崩(じゅうあくじょほう)
【対義語】
・善に従うは登るが如し(ぜんにしたがうはのぼるがごとし)
「悪に従うは崩るるが如し」の故事
「悪に従うは崩るるが如し」は、中国古典『国語』の「周語 下」に出てくる「從善如登,從惡如崩」にもとづく故事成語です。全体では「善に従うは登るが如く、悪に従うは崩るるが如し」と読み、善を行うことは山に登るように難しく、悪へ流れることは山が崩れるようにたやすい、という意味を表します。
『国語』は、春秋時代の周・魯・斉・晋・鄭・楚・呉・越の事跡を国別に記した中国の歴史書です。『春秋左氏伝』と同じく左丘明の著と伝えられてきた書物で、各国の政治や人物の言葉を通して、当時の世の動きを伝えています。
この言葉が出てくるのは、周の敬王十年の場面です。劉文公と萇弘が、衰えていた周の都を立て直そうとして晋に協力を求め、諸侯を集めようとしたところから話が始まります。
その動きを聞いた衛の彪傒は、周へ行き、単穆公に会って考えを述べます。彪傒は、長く乱れ衰えていた周を力で支え直すことはきわめて難しい、と説きます。
そこで彪傒は、古くからの言い伝えとして「從善如登,從惡如崩」を引きます。原文では「諺曰」とあり、すでにその時点でも、人々の間に伝わる教えとしてこの句が用いられていたことが分かります。
「登」は、山を一歩ずつ登ることを表します。善い行いは、一度思っただけで身につくものではなく、日々の努力や自制を重ねて、少しずつ進むものとしてたとえられています。
一方、「崩」は、山や物が一気にくずれ落ちることを表します。悪い方向へ向かう心は、気がゆるんだり欲に引かれたりすると、支えを失った土砂のように早く崩れていく、というたとえです。
彪傒はこの句のあとに、夏・商・周の歴史を例に挙げます。乱れた政治は短い世代で国を傾け、勤め励んだ政治は長い世代をかけて国を興した、という対比によって、国をよくすることの難しさと、国が乱れることの早さを示しています。
このように、もとの話では個人の生活だけでなく、国の政治や社会の衰えにもかかわる重い戒めとして語られています。善を積み上げるには長い時間がかかるのに、悪や乱れは一度勢いづくと止まりにくい、という見方が中心にあります。
日本語では、漢文の「從惡如崩」を「悪に従うは崩るるが如し」と訓読して受け入れました。「從」は「従」、「惡」は「悪」と表記され、四字の形では「従悪如崩」とも表されます。
現在では、政治や国家の話に限らず、日常の小さな悪い行いにも使われます。うそ、ずる、不正、怠け、悪い仲間への同調などは、初めは小さく見えても、放っておくと急に大きく崩れていくため、この故事成語が戒めとして生きています。
「悪に従うは崩るるが如し」の使い方




「悪に従うは崩るるが如し」の例文
- 悪に従うは崩るるが如しで、一度の不正を軽く考えると、次の不正への抵抗も弱くなる。
- 悪に従うは崩るるが如しというように、友人のずるに合わせているうちに、自分の判断まで曇ってしまった。
- 店長が小さなごまかしも見逃さない方針をとったのは、悪に従うは崩るるが如しを忘れなかったからだ。
- 悪に従うは崩るるが如しで、うそを隠すために別のうそを重ねると、信頼は一気に失われる。
- 軽い気持ちで規則を破ろうとする場面には、悪に従うは崩るるが如しという戒めが当てはまる。
- 悪に従うは崩るるが如しを胸に、部員たちは試合で不正な合図を使わないと決めた。
主な参考文献
・大野峻著『新釈漢文大系66 国語 上』明治書院、1975年。
・『国語』周語下。
・左丘明伝『国語』。























