【故事成語】
河梁の別れ
【読み方】
かりょうのわかれ
【意味】
人と別れること。特に、親しい人を見送るつらい別れ。


【英語】
・a sad farewell.(悲しい別れ)
・a tearful farewell.(涙ながらの別れ)
【類義語】
・河梁之吟(かりょうのぎん)
・河梁の誼(かりょうのよしみ)
・惜別(せきべつ)
【対義語】
・再会(さいかい)
「河梁の別れ」の故事
「河梁」とは、河に架けた橋のことです。「梁」には、橋脚を立てて川の両岸に架け渡した木の橋という意味があり、「河梁」は、川を渡る橋を指す言葉として使われます。
「河梁の別れ」は、前漢の李陵(りりょう)と蘇武(そぶ)の別れに由来する故事成語です。李陵は前漢の武将で、武帝の時代に匈奴(きょうど)と戦い、敗れて降りました。
蘇武は前漢の忠臣で、武帝の時代に匈奴へ使者として赴き、捕らえられて降伏を迫られました。しかし、蘇武は節義を曲げず、十九年にわたる苦しい抑留ののち、ようやく漢へ帰ることができました。
この二人の事績は、後漢の班固が編んだ『漢書』(82年ごろ成立・後漢)に伝わる前漢の歴史と深く関わります。『漢書』は、前漢一代の歴史を記した中国の正史です。
「河梁の別れ」のもとになった表現は、『文選』(南朝梁、蕭統編)に収められた、李陵の名で伝わる「与蘇武詩」に出てきます。『文選』は、周から梁に至る代表的な詩文を集めた、中国六朝時代の大きな詩文集です。
その詩には、「攜手上河梁」とあります。これは、手を取り合って川の橋へ上るという意味で、別れて行く友を見送る場面を、短い言葉で切なく表しています。
詩の続きには、旅立つ人が夕暮れにどこへ行くのかと問いかける言葉が見られます。橋の上という場所は、ここから先は別々の道へ進む境目として、別れの寂しさを強く感じさせます。
この故事では、李陵と蘇武が、ともに異国の地で長い苦難を味わったことが大切です。蘇武は漢へ帰ることができましたが、李陵は匈奴に降った身であり、二人は同じ故国へ帰ることができませんでした。
そのため、「河梁」はただの橋ではなく、親しい人を送り出し、自分はその場に残る別れの場所として理解されるようになりました。橋を渡る人と見送る人の距離が、心の離れがたさをいっそう際立たせています。
後には、「河梁之吟」「河梁の誼」など、近い表現も生まれました。「吟」は詩をうたうこと、「誼」は親しいよしみを表し、いずれも李陵と蘇武の別れをふまえた言い方です。
現在の「河梁の別れ」は、単なる別れ全般よりも、親しい人を見送るつらさや名残惜しさを含んで使います。橋の上で手を取り合う詩の場面が、深い友情と別離の悲しみを表す言葉として残ったものです。
「河梁の別れ」の使い方




「河梁の別れ」の例文
- 親友が遠い町へ引っ越す日、駅のホームで河梁の別れを味わった。
- 卒業式のあと、長く同じ部活動で過ごした仲間との河梁の別れが胸にしみた。
- 海外へ赴任する兄を空港で見送り、家族は河梁の別れの寂しさを感じた。
- 長年ともに働いた同僚の退職は、職場の人々にとって河梁の別れとなった。
- 幼なじみと別々の学校へ進む春、二人は河梁の別れのように名残を惜しんだ。
- 師と弟子が旅立ちの前に言葉を交わす場面には、河梁の別れの趣がある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・班固『漢書』82年ごろ。
・蕭統編『文選』南朝梁。























