【ことわざ】
命あっての物種
【読み方】
いのちあってのものだね
【意味】
何事も命があってこそできるもので、命を失っては何にもならないというたとえ。


【英語】
・While there is life, there is hope.(生きている限り希望がある)
【類義語】
・死んで花実が咲くものか(しんではなみがさくものか)
・死んでの長者より生きての貧乏(しんでのちょうじゃよりいきてのびんぼう)
・死ぬ者貧乏(しぬものびんぼう)
【対義語】
・命は鴻毛より軽し(いのちはこうもうよりかるし)
「命あっての物種」の語源・由来
「命あっての物種」は、中国の古い故事に由来する故事成語ではなく、日本で使われてきたことわざです。どんな望みや財産も、命があって初めて意味を持つという、生活の実感に根ざした教えを表しています。
「物種(ものだね)」は、草花の種だけを指す言葉ではありません。古くは「物事の根元となるもの」「何かのもとになるもの」という意味でも使われ、「命あっての物種」では、命こそがあらゆる行いの根本であるという意味につながっています。
この言葉の古い形として、「命が物種」「命は物種」という言い方があります。現在の「命あっての物種」より短い形で、命が物事の根本であるという考えを、より直接に表した言い方です。
「命が物種」の古い用例は、『狂言記(きょうげんき)』に収められた「武悪(ぶあく)」(1660年・万治3年、江戸時代前期)に見られます。『狂言記』は、江戸時代に読み物として広まった狂言詞章の版本の総称で、1660年から1730年にかけて刊行されました。
「武悪」は、主人から不奉公な武悪を成敗するよう命じられた太郎冠者が、殺すに忍びず逃がすという筋をもつ狂言です。命を奪うか逃がすかという切迫した場面を背景に、「いのちが物だねぢゃ」という言い方が出てきます。
この用例では、危険を前にしたとき、何よりも命を失わないことを優先する気持ちがよく表れています。名目や体面よりも、まず生きのびることが大切だという考えが、「命が物種」という短い言い方にこめられています。
その後、十八世紀末には、現在とほぼ同じ「命あってのものたね」という形が見られます。太田全斎(おおたぜんさい)の『諺苑(げんえん)』(1797年・寛政9年、江戸時代後期)には、「命あってのものたね」という形が記録されています。
この段階になると、「命が物種」という短い形から、「命あっての物種」という言い方へ移っていった様子がうかがえます。「あっての」が入ることで、命があるからこそ他のものが成り立つ、という関係がいっそう分かりやすくなっています。
幕末の歌舞伎にも、このことわざは出てきます。河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)作『網模様燈籠菊桐(あみもようとうろのきくきり)』(1857年・安政4年、江戸時代末期)は、通称を「小猿七之助(こざるしちのすけ)」といい、五幕から成る世話物の歌舞伎脚本です。
この作品にも「命あっての物種」の形が見られます。危険や破滅に近い場面を描く歌舞伎の中で使われたことからも、このことわざが、命を失えばすべてが終わるという切実な感覚をもつ言葉として受け止められていたことが分かります。
「物種」は、もともと物事の根本を表す言葉であり、「命が物種」から「命あっての物種」へと形を整えながら、意味の中心は変わらず受け継がれてきました。命があるからこそ、働くことも、学ぶことも、やり直すこともできるという考えが、このことわざの芯にあります。
現在では、危険な場所に無理に向かおうとする人を止めるときや、病気やけがのあとに生きていることを大切に思うときに用いられます。努力や責任を軽んじる言葉ではなく、どんな目的も命を守ってこそ続けられる、という現実的で大切な教えを伝えることわざです。
「命あっての物種」の使い方




「命あっての物種」の例文
- 地震で家財を失ったが、家族全員が無事だったので、命あっての物種と考えた。
- 大雨で用水路の水があふれていたため、財布を拾いに戻らず、命あっての物種と判断した。
- 登山中に天候が急に悪くなり、頂上をあきらめて下山したのは命あっての物種という考えからだ。
- 火事で店の商品は焼けたが、従業員が全員逃げられたことを思えば、命あっての物種である。
- 危険な近道を通れば早く着くとしても、命あっての物種を忘れてはいけない。
- 海が荒れている日に釣りを続けようとする友人を、命あっての物種と言って引き止めた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・小学館ランゲージワールド編集部編『プログレッシブ英和中辞典 第5版』小学館、2012年。
・『狂言記』1660〜1730年。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・河竹黙阿弥『網模様燈籠菊桐』1857年。























