【故事成語】
騏驎も老いては駑馬に劣る
【読み方】
きりんもおいてはどばにおとる
【意味】
どれほどすぐれた人物でも、年を取って心身が衰えると、能力や働きが普通の人にも及ばなくなることのたとえ。


【類義語】
・昔千里も今一里(むかしせんりもいまいちり)
・昔の剣今の菜刀(むかしのつるぎいまのながたな)
【対義語】
・腐っても鯛(くさってもたい)
「騏驎も老いては駑馬に劣る」の故事
「騏驎(きりん)」は、足が非常に速く、一日に千里を走るといわれた名馬です。「駑馬(どば)」は、足の遅い馬を指します。この故事成語では、想像上のめでたい動物を表す「麒麟」ではなく、馬偏の「騏驎」と書くのが基本です。
もとになった言葉は、『戦国策(せんごくさく)』斉策五の「蘇秦説斉閔王」に出てきます。『戦国策』は、中国の戦国時代に各国で語られた進言や外交上の策を集め、前漢末に劉向が整理して一書にまとめたものです。
この篇で蘇秦は、斉の閔王に対し、強い国であっても先に戦いを始めれば、兵力を消耗し、国々から恨まれて不利になると説きました。反対に、あとから動く国は、疲れた相手の力を利用して、有利に戦えると述べています。
そのたとえとして、「騏驥之衰也、駑馬先之。孟賁之倦也、女子勝之」とあります。すぐれた馬である騏驥(きき)も、衰えれば駑馬に追い越され、怪力の人物も、疲れきれば力の弱い相手に負けるという意味です。
ここで大切なのは、もとの文脈が年齢だけを問題にしたものではないことです。「衰えた名馬」と「疲れた怪力の人物」を並べ、どれほど強い者でも力を使い果たせば、あとから動く弱い者に敗れると説いています。戦いを急がず、相手が消耗した時機を利用するべきだという、蘇秦の外交上の忠告でした。
日本では、この比喩が「老いによる衰え」を表す言葉として受け入れられました。『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半成立、鎌倉時代)巻五「咸陽宮」では、燕丹から秦の王を討つ人物を求められた田光が、自分はすでに年老いたとして、荊軻(けいか)を薦めます。
その場面には、「騏驎は千里を飛ども、老ぬれば奴馬にもおとれり」とあります。千里を進む名馬でも、老いれば足の遅い馬に及ばないという意味で、現在の「騏驎も老いては駑馬に劣る」にきわめて近い使い方です。古い本文では「奴馬」と書かれていますが、現在の成句では「駑馬」を用います。
中国の原典では、版によって、名馬を「麒驥」または「騏驥」と書く違いがあります。日本語では、同じく名馬を表す「騏驎」を用い、「騏驎も老いぬれば駑馬に劣る」「騏驎も老いては駑馬に劣る」などの形で定着しました。
このように、もとは「力を使い果たした強者は、あとから動く弱者にも敗れる」という戦略上のたとえでした。それが日本では、かつて並外れた能力をもっていた人物でも、老いて衰えれば、平凡な人物に及ばなくなるという意味へとまとまり、現在まで使われています。
「騏驎も老いては駑馬に劣る」の使い方




「騏驎も老いては駑馬に劣る」の例文
- かつて無敵を誇った名投手も、晩年には打ち込まれ、騏驎も老いては駑馬に劣ると言われた。
- 若いころ数々の賞を得た画家だったが、筆力の衰えを見て、人々は騏驎も老いては駑馬に劣ると惜しんだ。
- 全盛期の速さを失った元王者の姿は、騏驎も老いては駑馬に劣るという言葉を思わせた。
- 長年会社を率いた社長も判断の遅れが目立ち、騏驎も老いては駑馬に劣るとの声が上がった。
- 名人と呼ばれた料理人も細かな作業が難しくなり、騏驎も老いては駑馬に劣ると引退を決めた。
- 歴史上の英雄であっても晩年に力を失うことがあり、騏驎も老いては駑馬に劣るの一例として語られる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・劉向編『戦国策』前漢。
・『平家物語』13世紀前半成立。























