【ことわざ】
京に田舎あり
【読み方】
きょうにいなかあり
【意味】
にぎやかな都にも、田舎めいて不便な所がある。転じて、よい土地にも悪い所があるということ。


【類義語】
・都にも田舎(みやこにもいなか)
【対義語】
・田舎に京あり(いなかにきょうあり)
「京に田舎あり」の語源・由来
「京」は天皇の住む都を指し、とくに、長く都が置かれた京都を表す言葉として使われてきました。「田舎」は、都から離れた地方や、人家が少なく不便な所を指します。「京に田舎あり」は、華やかで便利な都と、ひなびて不便な田舎とを対照させた言い方です。
このことわざの古い用例は、謡曲『粉川寺(こかわでら)』(1553年ごろ・室町時代後期、作者不詳)に出てきます。この作品は、紀伊国(きいのくに)の粉河寺を訪れた杉村弾正少弼(すぎむらだんじょうしょうひつ)が、寺の決まりを理由に宿泊を断られながらも、稚児(ちご)の梅夜叉(うめやしゃ)の思いやりによって泊めてもらう物語です。
杉村は、梅夜叉から心のこもったもてなしを受け、「月の都に住みなれて。人こそ多けれど。かゝるやさしき事はなし」と、その親切に深く感動します。そして、「京に田舎あり。田舎にも又都人の。心ざまはあるべしや」と述べます。都には人が多くても、思いやりに欠ける者がおり、反対に、田舎にも都の人のように洗練された優しい心をもつ者がいる、という意味です。
この用例では、「京」と「田舎」は、土地の便利さだけを表しているのではありません。都に住む者が必ずしも上品で心優しいとは限らず、田舎に住む者が必ずしも粗野であるとは限らないという、人の心や振る舞いの違いも表しています。「京に田舎あり」は、もともと「田舎にも京あり」という反対向きの言葉と組み合わされ、外からの評判だけでは、土地や人の本当の姿を決められないことを示していました。
江戸時代前期の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年刊、松江重頼編)にも、「京にゐなかあり、ゐ中にきゃうあり」とあります。『毛吹草』は、俳諧の作法や季節の言葉、世間で使われる古い言い回しなどを集めた書物で、この一節は巻二に収められています。
「ゐなか」と「ゐ中」は、いずれも現在の「田舎」に当たり、「きゃう」は「京」を仮名で表した形です。現在の表記に直せば、「京に田舎あり、田舎に京あり」となります。都にも田舎らしい部分があり、田舎にも都らしい部分があるという、二つの見方が一続きの言葉として定着していたことが分かります。
その後、「京に田舎あり」は、江戸時代中期末葉までに上方で成立したとみられるいろはかるたの「京」の札にも採られました。絵札には、黒木を頭にのせて京の町を歩く大原女(おはらめ)が描かれることが多く、華やかな都の中に昔ながらの田舎の風習が残る様子を、分かりやすく表していました。
こうして、もとは都と田舎の人の心を対比する言い方でもあったものが、しだいに、土地や町の様子を表すことわざとして広まりました。現在では、にぎやかな大都市にも静かで不便な所があることや、評判のよい土地にも欠点があることを表します。「京」は京都だけに限らず、広く都会や優れた場所をたとえる言葉として用いられています。
「京に田舎あり」の使い方




「京に田舎あり」の例文
- 大都市の中心から少し離れると田畑が広がっており、京に田舎ありという言葉を思い出した。
- 駅前は華やかだが、郊外ではバスの本数が少なく、まさに京に田舎ありだ。
- 高級な観光地にも整備されていない道が残り、京に田舎ありを実感した。
- 近代的な町の一角に昔ながらの農作業の習慣が残る様子は、京に田舎ありの好例だ。
- 京に田舎ありというように、評判のよい土地にも不便な所はある。
- 再開発が進んだ市内にも静かな山里があり、京に田舎ありとはよく言ったものだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本名著全集刊行会編『謡曲三百五十番集』日本名著全集刊行会、1928年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年。























