【慣用句】
聞き取り法問
【読み方】
ききとりほうもん
【意味】
自分で考えたのではなく、他人から聞いた説を、自分の説のように発表すること。のちには、広く受け売りをすることにも用いられる。


【英語】
・pass off someone else’s ideas as one’s own.(他人の考えを自分のものとして示す)
【類義語】
・受け売り(うけうり)
・口耳の学(こうじのがく)
・耳学問(みみがくもん)
【対義語】
・独創(どくそう)
「聞き取り法問」の語源・由来
「聞き取り法問」は、「聞き取り」と「法問」から成る言い方です。「法問」は、仏法について問答すること、また、その問答を指します。
もとは、仏の教えを正式に学ばず、人から聞いて覚えた知識だけで仏法を語ることを表しました。ここで大切なのは、ただ知識が浅いということだけでなく、聞き覚えたことを自分の考えのように示す点です。
古い用例として、『鴉鷺合戦物語(あろかっせんものがたり)』(室町時代成立)が挙げられます。この作品は、烏と鷺を擬人化した御伽草子で、異類合戦を描く長編の物語です。
御伽草子は、広い意味では、室町時代に作られたり書き写されたりした物語・草子を指す言葉です。そのため、『鴉鷺合戦物語』の中にこの言い方が出てくることは、中世の物語世界と仏教的な言葉づかいとのつながりを考えるうえでも大切です。
『鴉鷺合戦物語』には、「なま禅法、ききとり法門何々ぞ」という形が出てきます。「なま禅法」と並べられているため、深く学び取っていない仏法を、聞き覚えだけで語ることを戒める調子が伝わります。
この段階では、「法問」は仏法についての問答という意味を保っています。つまり、「聞き取り法問」は、仏教の教えを十分に修めず、耳で聞いた知識だけで語ることを指す言い方でした。
その後、この言い方は僧侶に限らず、広く人の説を聞き、それを自分の説として述べる意味へ広がりました。仏法の場面から離れても、「人から聞いたことを自分の考えのように話す」という核は残っています。
表記にも変化があります。「聞取法問」のほか、「聞取傍聞(ききとりぼうもん)」とも書かれるようになりました。「法問」という仏教語から、「傍聞」という、そばで聞くことを思わせる表記に移ることで、耳で聞いた知識をそのまま用いる意味がいっそう分かりやすくなっています。
江戸時代後期の歌舞伎『四天王産湯玉川(してんのううぶゆのたまがわ)』(1818年・江戸時代後期)にも、「聞取り傍聞」という形が出てきます。この作品は、文政元年十一月に玉川座で上演されたことが分かります。
その用例では、「聞取(キキト)り傍聞(バウモン)耳学問」と続いています。ここでは、聞き覚えの知識、耳から入っただけの学問という意味が強く表れています。
近い意味の「受け売り」も、他人の意見や学説をそのまま自分の説のように述べることを表します。したがって、「聞き取り法問」は、仏法の問答に由来する古い響きを残しながら、現在では受け売りを戒める言い方として理解できます。
自分で考え、確かめ、理解したうえで話すのではなく、聞いたことをそのまま借りて自分のもののように話す。その浅さと不誠実さを、仏教語を背景にもつ表現で言い表したのが「聞き取り法問」です。
「聞き取り法問」の使い方




「聞き取り法問」の例文
- 友人の考えをそのまま自分の意見のように話すのは、聞き取り法問に近い。
- 会議で聞き取り法問を疑われないよう、参考にした人の名前をきちんと述べた。
- 聞き取り法問ではなく、自分で調べて考えた意見を発表することが大切だ。
- 兄の説明を聞いただけで自分の発見のように語れば、聞き取り法問と言われても仕方がない。
- 先生は、聞き取り法問にならないよう、出典を示して発表するように注意した。
- 仕事の提案で聞き取り法問を避けるには、借りた考えと自分の考えを分けて話す必要がある。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・『鴉鷺合戦物語』室町時代成立。
・『鴉鷺合戦物語』寛永18年刊、1641年。
・歌舞伎『四天王産湯玉川』1818年。























